水環境保全

カエルたちの夜会議――雨水をめぐる“水辺バトルロワイヤル”の舞台裏

ピョンと跳ね上がる雨粒、チャポンと弾ける小さな波紋。わたし、ニホンアマガエルことアマミ、今夜も庭の古池から最新の水騒動をお届けします。最近、雨あがりの静寂が続きません。あれやこれや人間たちが地面をそっと覆い始めたのです。どうやら彼ら、グリーンインフラなるもので水の流れに大改造をもくろんでいる模様――まったく、僕たちカエル界に相談なく!
高齢化問題

ヒトの“灰色の波”に揺れる森――スギの根が見た高齢化社会のあやういバランス

ここは山の斜面の、いつも湿り気を好む場所。わたくし、スギ(Cryptomeria japonica)の根は、地中深く這いめぐらせながら、数十世紀ヒト族の営みを静かに観察してきました。春の芽吹きとともに、今年もやってきた彼らの“賑わい”はどこか静まり、森に届くヒトの足音には、近年さらに穏やかで、重くしわがれた響きが混ざるようになったのです。
外来種対策

侵略者ザリガニ軍団、竹林共同体が仕掛けた“節分け作戦”の全貌

ここは東の丘陵地帯、竹やぶのしとやかな音が響く私たちの国。けれど、平穏な地下茎網に異変が走った。数年前から、見慣れぬ鋏(はさみ)を持った赤い侵入者たちが湿地ごとに姿を現し、水溜まりの根をずたずたにし始めたのだ。“外来種・アメリカザリガニ”の急増で、我々竹の暮らしは一変してしまった。毎年この季節、湿地帯の節で会議を開く竹族代表として、最新戦況を報告したい。
最新サブスク事情

コケ帯リボン隊が潜入取材!ヒト社会を包み込む「サブスク渦」最前線

湿った石垣の上から見下ろすと、人間たちの暮らしはまるで絶え間ない川の流れ。今日もリュックにカードを詰めて、小さな箱から出ては入る……そんな彼らの最新トレンド、それこそが『サブスクリプション』です。私は苔族リボン隊第24湿帯・アオゴケのミズヒキ。無数の胞子をとばしながら地表文明をじっと観察している身として、このヒト科の「毎月定額で何かを得る」習性に、正直、つい胞子もむずむずする思いです。
ステルス値上げ

ドングリ大調査!リスたちが見抜いたステルス値上げの謎

みなさん、こんにちは!樹上でドングリの備蓄に明け暮れるイタチリスのモミジです。枝の合間から人間社会を観察していると、どうにも不穏な流れを感じています。巷で話題の「ステルス値上げ」という現象——どうやらドングリ集めの達人たる我々の鼻も騙そうとしているようです。そんな卑劣な動きに気付いた木の上の記者として、本日は徹底的に追跡したいと思います。
衣服・ファッション

ダニ視点で読み解く!ヒト科マイクロバッグ熱、床下に新旋風

おや、最近ヒトの集団が持ち歩くミニチュアサイズの鞄をご覧になったことはありますか?床下在住の私、イエダニ一族としては驚きを隠せません。時折ファッション雑誌のページの隙間からチラリと覗くアレ、どう見ても私たちの“仮寝室”そっくり。今、人間界では“マイクロバッグ”なる極小の手提げが大流行。その様子をダニらしく毛先の触覚で観察してみました。
オンラインアート展

寄生なのに共演?ヤドリギ主催“ドングリレス油絵展”オンライン開催

樫(かし)の枝先に寄り添う身として長年観察してきましたが、今年の春、ヤドリギたちの間で“自分たちにもアートの表現権がある!”と声が上がり、かつてないオンラインアート展が実現しました。主催は陽気なヤドリギ連盟、会場は風を渡るデータの中。私、樫の木A区2号枝として、未だに消化しきれないその熱気を枝葉の間からレポートします。
組織改革

海底組織の“腕”改革:タコ社会のガバナンス再構築プロジェクト

人間たちがオフィスで働き方改革に悩んでいる間にも、我らタコ族の世界では静かな組織革命が進行中だ。八本の腕を巧妙に使い分ける私たちタコからすれば、「柔軟性」と「個体主義」を兼ね備える組織改革なんて呼吸のようなものだが、最近ではさらに一歩踏み込んだ“マトリクス式ガバナンス”が広がりつつある。サンゴ礁の陰からこの潮流をお届けしよう。
エネルギー工学

川の底から見た最新発電事情―石たちが語る「流れ」とエネルギー革命

有史以来、わたしたち河床の石は流れを眺め、人間たちがせっせと川の力を使おうとする姿を、ひんやり冷たい表情の裏でじっと観察してきました。最近では「カーボンニュートラル」や「電力自由化」など新しい響きが聞こえてきますが、どうやら流れのエネルギーを巡る大きな転換期が訪れているようです。石畳会議の重鎮・花崗岩三郎がその一部始終をご報告しましょう。
多様性文化

苔むす石垣が主催!山里で開かれた“多様性交流フェス”密着記

緑に染まる石垣からこんにちは。苔族の私は、今週末に開催された『山里多様性交流フェスティバル』をじっと見守っていました。静謐な石の上で何百年も生きてきた私たち苔にとって、人間たちの“ダイバーシティ”という言葉は不思議な響きを持ちます。だって、この石垣の上では誰もが違って当たり前。けれど、ヒトたちは「理解したつもり」と「本当の共生」の間でなかなか行き来が難しいようですね。