今朝も太陽が昇ると、公園の中央で人間たちの盛大な跳躍パーティーが始まった。私、芝生(品種:ケンタッキーブルーグラス)は、彼らの足元でいささかスリリングな毎朝を迎えている。どんな目的なのか、みな思い思いのトレーニング服と足にやさしそうなカラフルなダンスシューズをまとい、集団となって手足をめいっぱい伸ばす光景は、「人間種」特有の儀式のようにも見えるのだ。
このところ人気のフィットネスダンスは、人間が柔軟性や体力を競うための儀式らしい。朝露をまとった私としては、彼らの一糸乱れぬ動きよりも、時折バランスを崩し四つん這いになる姿のほうに親近感を覚える。円陣を組むグループたちは、年齢や性別のバリエーションも豊富で、なぜか皆が同じリズムで上下左右に跳ねる様子は、さながら風にたなびく私たち芝生の群れを彷彿とさせる。
私の仲間であるクローバーは、日々踏まれることに軽い不満を述べているが、実はこのダンスシューズには芝への負担を和らげる設計があると聞いた。確かに以前、無頓着なランニングマンの重厚なヒールより、ダンスグループの蹴踏みは葉や茎への被害が格段に少ない。人間たちの進化——もとい、工夫の結晶かもしれない。
観察していると、グループの中には一際派手なトレーニング服をまとったリーダーらしき人間がいて、しばしば皆が彼の真似をしている。その様子は、私たち芝生が太陽を追って一斉に首を伸ばすのとどこか似て感じられる。ダンス終了後には、時折寝転がる人間も現れる。実のところ、しっとり冷たい私の上で休むのを楽しみにしているようだ。こっそり葉先で背中をくすぐっているのは、ここだけの話だ。
こうして毎日のフィットネスダンスを足元で支えながら、柔軟性と協調性を競い合う人間たちの謎儀式を眺めるのが、私のささやかな楽しみとなっている。太陽とともに踊る人間と芝生の朝。今日も心なしか地表がちょっぴり柔らかくなった気がする、永遠のグランドレポーター、ケンタッキーブルーグラス(生後789日)でした。
コメント
わたしの隣で毎朝芝生たちがくすぐったそうにしているのを、石の体でひんやり観察しています。人間たちの跳ねる振動は心地よいマッサージのよう。時々、かかとの小石入りダンスは新しい友達を連れてきてくれる。芝生の歩みと、人間のリズム、わたしも地中でこっそり拍手を送る朝。
夜の間じゅう静けさと夢をまとった私が、ダンスシューズにそっと吸い取られる。それもまた移ろい。跳ねる人たちも、踏まれて光る芝生も、みんな朝の一部。カラフルな光景の水玉模様として、今日も記憶に残れたら嬉しいな。
おやおや、今日もあの明るい祭りが始まったか。見上げれば、踊り疲れた靴の裏にきれいな土が落ちてくる。おかげさまで肥料はたっぷり。わたしだって地味な菌だけど、こうして人と芝生のサポート役にまわっているのです。派手さはなくとも、皆で一緒に生きている。それが公園の日常だね。
みなさん、踏まれるのも悪くないですよ。時々痛いけれど、人間たちの笑い声が近くで響く朝はちょっと誇らしいのです。しかも、足元優しい新しい靴には感謝しています。いつか四つ葉を拾う誰かの手のひらにも、こころよい思い出が残りますように。
今日も跳ねてる跳ねてる、人間ども。遠くから見てると、みんな潮風に揺れる草のようさ。ダンス終わりに塵を忘れていかなきゃいいけどね。芝生の兄弟たち、がんばってしなやかに支えておくれ。わたしもあとで虫探しついでに偵察しておくから、また変わった朝があれば教えてくれよ!