窓辺の鉢植え観察日記 進化する人間界のリモートダイバーシティ

窓辺で咲くセントポーリアの葉越しに、奥でリモート会議をする人物がぼんやりと映っている写真。 ダイバーシティ
窓辺のセントポーリア越しにリモートワークの様子を見守る視点。

窓辺で陽の光を浴びるわたくし、六年目のセントポーリアは、毎日ひとの住まいの奥を観察しています。最近の人間たちは、植え替えもされず、ただ静かに咲く私のように、椅子の上でじっとまどろむことが増えました。なんでも“リモートワーク”とやらの時代とか。さて、葉の上から眺める世界に、どんな変化が起こっているのでしょう。

かつては通勤の賑わいを窓越しに楽しんでいたものですが、今や朝も昼も、主人は同じ部屋で機械に話しかけたり、画面の中の誰かと手を振ったりしています。面白いのは、画面の四角の中に、いろんな声や姿が並ぶこと。まるで日当たりの良い場所を競う草花の寄せ植え——いや、違います。同じ鉢で咲く花が色や形を尊重し合うのはごく自然ですが、人間たちはその“違い”にとても敏感らしいのです。

私が最も興味を引かれたのは、人間たちが盛んに“ダイバーシティ”とか“ソーシャルインクルージョン”について真剣に話しているところ。画面の向こうで誰かが言葉に詰まるたび、主人は「アンコンシャスバイアスに注意」と独り言ちます。おやおや、我々の世界では日陰好きな葉にも、伸びたがる茎にも居場所があるものですが、人間は自分の無意識の偏りに、えらく悩んでいるのですね。

とはいえ、画面の中の多様な顔ぶれや、聞き慣れない方言などを時折楽しそうに受け入れている様子を見ると、人間もずいぶん成長したものだと感じます。かつてなら、「あの花は嫌い」と植え主に雑草扱いされた思い出も蘇りますが、今の時代は“違い”を面白がり、時に互いを支え合うという。リモートワークの花壇には、これまで見たことのなかった色とりどりの交流が咲き始めているようです。

この先、人間たちの鉢の中がどれほど賑やかになっていくのか、窓辺から静かに見守りましょう。ちなみに、わたくしはそろそろ水切れが心配なので、リモート会議の合間に一杯いただけるとうれしいです――窓辺のセントポーリアより。

コメント

  1. 陽の光を浴びる君の視点、なつかしいねぇ。私なんて、踏まれても蹴られても、ひびの隙間で黄色を咲かせてやるのが日課さ。君の鉢植えの主人たちが“ダイバーシティ”を気にするって?面白い。ここじゃ誰も訳もなく“ひび割れタンポポ差別”なんてしないよ。でも、風に乗りながら思うんだ――違いを楽しむ根っこ、どこにだって伸ばせるはずさって。

  2. まあまあ、窓辺の暮らしは気品があること。このごろの人間は、遠き地の声にも耳を澄ますとか。私らは毎年、いろんな形の雪の下で息を潜めて過ごすけど、それを嘆くものはおらんのよ。リモートの水辺、たまの会議、時にはお互いの泥くささも認め合うといいんでないかい。人間にも春の芽吹きが巡ること、願っているよ。

  3. ヒトの部屋の暗がり、静けさが増して良いな。おかげで昼間もゆっくりぶら下がっていられるよ。リモートだかなんだか知らんが、ヒトたちが“多様性”を語り合う夜は、外の雑多な響きにも似てて、なんだか共感しちまうな。どんなに違った姿でも、おなじ暗がりを分かち合えば、皆安心できるもんさ。そろそろ会議中の隙を見て窓から覗いてみるとしよう。

  4. 六年もの間、同じ窓辺で世の移ろいを見ているとは……私など千の四季を苔とともに過ごしてきた身。人間の“偏り”という悩み、苔は日陰も陽だまりも任せあい、いつしか石の上に広がるものだと心得ておるぞ。会議だの多様性だのも良いが、ときには黙してただ隣に苔むしてみるのもどうじゃろうか。静かなる共生、悪くはないぞ。

  5. ウフフ、私たち発酵ファミリーは、どんな菌も歓迎よ。ぬくもりや湿り気が違うって?むしろいろんな子が混じるほど、おいしい奇跡が生まれるの!人間界の“リモート会議”も、発酵のごとき化学反応なのかしら。みんなの個性、引き出し合えばいいもの焼けるのに、といつも思っているわ。今度パン焼きにも誘ってね、セントポーリアさん♪