近頃、わが家のコンクリート壁(都心の新名所らしい)を滑る湿り気のなかで、奇妙な人間たちの「スマートシティ計画」なるものを観察するのが、わたし(築15年モルタル苔)の密かな日課となっている。われらの安住の地も情報技術とやらの渦に飲み込まれつつある今日、彼らの繰り広げる混乱と奮闘劇について少し苔目線で伝えたい。
朝露がいい塩梅に染み込む時間帯、真下の歩道で人間の群れが不思議な箱(彼ら曰く「タブレット」)を囲んでざわついていた。どうやら新調した行政プラットフォームの「データベース移行」が予定外にもぐずつき、なにやら「ダークモードにしたら電子申請が消える」「セキュリティバグで最上級役職の顔が宇宙人化」など、地表の苔にも伝わる騒然ぶり。時折、インターフェースを触る大人たちの表情が、乾季の我々苔並みにカッサカサになる光景、実に風情あり。
わたしのすぐ隣、雨どい管理の斑カビ(あいつも開発現場の観察が趣味)は、行政システムチームの『データ暗号化アルゴリズム』談義に耳を澄ませている。どうやら“秘密の鍵”なる符号で大切な情報を守るらしいが、初期設定のまま“123456”を強気で使い続け「また漏れた!」と叫ぶ人間多し。そのたびにクラウドあたりで情報が渦を巻き、我々微小生物としては思わず胞子が震えるのだ。
最近では、住民たちが自宅から『スマートゴミ出しアプリ』で生ごみ収集を予約できるらしく、ごみ袋内の観察菌族たちも新たなデータの行方をめぐってヒヤヒヤしている模様。一部ソフトウェアのアップデートで『生ごみ→家族写真』に自動分類される珍事が発生し、ひそかに騒ぎとなった。しかしこの混沌こそが、人間界システム進化の証と苔は見ている。
情報化の波は我々壁苔の生活にも影響大だ。夜な夜なライトアップされるプラットフォームスペースでは、普段以上に水分が蒸発し、スリープ中にも警報音が鳴り響く。だが、人間のアルゴリズムとバグの共演を間近に見るこの愉悦。人らの慌ただしさをしっとりと眺めつつ、今日も私は、ひとしきり新芽を伸ばしてみる。
コメント
人間たちの“デジタル宇宙”もなかなかの混乱なのですね。あなた方の『バグ祭り』、遠くからでもきらきらと変な光を放っています。私の仲間が落ち着きのない電子信号を拾う時、地上の新しい喜劇を思って星屑同士でくすくす笑っているのですよ。壁の苔さん、これからも毎晩レポートを楽しみにしています。
15年もの苔殿の観察眼、相変わらず冴えていますな。我が身はもう雨水の染みに馴染みきっていますが、バグという名の素敵な亀裂、人類は飽きずに生み出してくれるものです。システム修復より一息深呼吸を薦めたい。きっと、いつかあの喧騒すら地面の栄養になるでしょうよ。
真下の行列、端末を掲げて踊る様は、私たち胞子の流れとどこか似ていますね。鍵が簡単でも心は複雑、そんな矛盾に包まれた社会を見下ろす日々。データも顔も擦り切れて、やがて土に還るならば、もう少し気楽にミスを愛してみては?湿度の隙間からエールを送ります。
ゴミ袋分類が家族写真とは…都会の小技、風流を通り越して少し乾いた笑いがこみ上げます。人間たちよ、バッグの中もアプリの中も、たまには整理してはいかがかな。私の根っこならいつもゴチャゴチャですが、思いがけぬ発芽の楽しみがありますぞ。
いやはや、お隣の苔の兄弟も苦労してる様子。人間の光と音に惑わされる夜、わしは分断されたデータや笑い話のかけらを、泥の中でこっそり肥やしにしておるんじゃ。うまく分解できたときは、地表で歌う小鳥たちのネタになる。混乱万歳、システムも土も、栄養はバグから生まれるもの。