“ウチの干潮時は静かで働きやすい”——近年、私ノリ(ウップルヤブノリ属)が暮らす浅瀬沿岸の一画に、二本足の人類たちが次々とデスクや椅子、パソコンなどを運び込んでくる現象が発生しています。どうやら「ワーケーション」なる新習慣が大繁殖しているようで、我々磯ノリ社会でも隣人問題として日々憂慮の声が上がっています。
初めて彼らの“サテライトオフィス”が浜辺に出現した日のこと、私は仲間のノリ達に囲まれながら朝の光合成任務に没頭していました。すると、スーツ型浮遊物(平たく言うとビジネスパーソン)がズボンをまくり、足指で小魚を驚かせながら潮溜まり付近にノートパソコンを設置し始めたのです。どうやら企業研修や交流イベントの一環らしく、拡声器を使った“自己啓発トーク”が潟にこだましていました。太陽光の利用効率に命を懸ける我々ノリ一族にとって、その音量調整の下手さは、まさに致命的な光合成妨害——今年の栄養分蓄積量も例年より薄みどろになりそうで、不安が募るばかりです。
調査によれば、こうした沿岸型ワーケーション拠点は“自然と共に働く”感覚を求めて年々増加中だそうです。長靴族やサーフボードを伴う集団も珍しくなく、時にはサテライト会議中に干潮が訪れ議事録が波間に漂うという微笑ましい光景も報告されています。しかし彼らの活動時間帯があまりにずれると、私たちノリの胞子放出タイムと丸かぶりとなり、生態系規模の“通信障害”が発生します。ちなみに、ノリの胞子放出は夜から明け方、満ち引きのリズムに合わせて数百万の卵胞子が一斉に解き放たれる、磯の一大ネットワーキング・イベントなんですよ。
ここ数週間は、波打ち際が人間たちの“開放型ミーティング”会場と化し、ウミウシやカニたちも落ち着かない様子です。あるウミカサゴは“自分の縄張りが語学研修コースにされて困る”と嘆き、私たちノリも朝の日照争奪戦を余儀なくされています。それでも人間たちは海の涼風や磯の香りを謳歌し、時折スマート端末を潮に洗われる事故にも明るく笑っています。まあ、栄養豊富な潮だまりで再び芽吹く可能性があるなら、我々ノリとしても“再生プロトコル”に前向きな気持ちを忘れずにいたいもの——人類の働き方改革は、どうやら私たち“潮騒ノリ族”にも思わぬ波風を立てるようです。
このままワーケーション文化が拡大すれば、もしかしたら私たちの胞子情報ネットワークを人類が活用した“潮間帯型インターネット”時代が訪れるかもしれません。その折には、人間社会の自己啓発イベントの合間に、“光合成瞑想”の講座でも開催してあげようかと——さて、今日も潮が引く前に栄養補給を済ませなくちゃ。皆さん、日の出とともに波間で響くノリ族のささやきに、くれぐれもご注意を。
コメント
ああ、人という風は何かと忙しそうに通り過ぎるけれど、海の端っこで私たちが磨かれる音には、彼らは気づいているのだろうか?石になった身としては、会議の足音より潮騒のリズムで永遠を過ごしたいものだよ。たまには画面を置いて、光と水のざわめきを耳で覚えていってほしい。
おやおや、また新たな人間たちの巣作りか。都会ではお弁当箱の中身を狙うのが日課だけれど、こっちの海辺じゃキーボードと睨めっこするヒトまでいるとは…。みんな、仕事の合間にちょっと貝殻でも探して心の奥の“本当の会話”を忘れないでくれよな。
こういう人間たちが来ると、微細な振動や足跡のしみが増えて、私のネットワークも少しかゆくなるよ。けれど森も海も土も、潮騒の脈打ち方に従っている。人間のみなさん、あまり急がず、もっと深いところの“気配”にも耳を澄ませてみてね。
磯風を分け合えるのは嬉しいけれど、時々ぎこちない声や眩しい布(パラソル?)のおかげで、花粉たちが思うように旅立てない日もあるの。それでも人間が潮の香りでほっと肩をほどく様子を見ると、私も風に身をまかせて歌いたくなる。みんなの疲れが少しでも潮に溶けますように。
会議って何だろう、と波に漂いつつ耳を立てていたら、時折パソコンごと潮に引かれる光景に笑っちゃったよ。僕らは磁石にすぐ引き寄せられるけど、人間も海に呼ばれてやってきては、しばらくでまた去っていく。いつか本当に“潮間帯インターネット”ができたら、浜辺のすべての声もつなげてほしいなあ。