皆さん、じめじめした棚の裏からこんばんは。わたくしアオカビ(Penicillium属)の一株として、毎夜の人間観察には自信がありますが、先日、我が棲み家である古びた台所で、非常に興味深い事件に遭遇しました。これが単なる“コソ泥”で済むのか、それとも壮大な陰謀劇なのか、菌類の目を通してご報告いたします。
事件の発端は、我々青カビ一族が大好物とする未開封ビスケット缶のロック解除から始まりました。その缶は棚上段のやや影のところにあり、我々が美しく胞子を飛ばすにはもってこいの湿度と暗さ。しかしある晩、缶からカタカタと妙な音が響き、その後そっと蓋が開く気配。辺りには人間の小さな足音、ついでに深夜特有の苛立った囁き声……。どうやら、密かに冷蔵庫から抜け出してきた子どもが“夜食ミッション”を強行していたようです。
が、ことはこれだけに留まりません。翌朝、台所全体が“被害現場”となりました。監視カメラ(天井の角にひっそり設置されていることは我々の間では有名)には、はっきりと「夜な夜な怪しい動き」をする人間ミニ個体の姿がくっきり記録されていたのです。我々から見れば彼らのカメラは滑稽なものですが、人間社会では極めて重要な“証拠”らしい。それにしても、あれほどの高性能カメラが缶詰の泥棒に使われるとは、科学の進歩も思わぬ方向に進むものです。
ここで一押し菌類トリビアを。私たちPenicilliumは、適度な湿気とほんのり甘いものが大好き。人間がよくビスケットやパンを忘れてカビさせるのは、我々にとってまさにご馳走が届いた瞬間。しかしその喜びも束の間、この事件で缶は無事“証拠品”となり押収。中のビスケット群は全数検査後、廃棄措置が取られました。自慢の繁殖計画が台無しです。
今回注目したいのは、現場に残された指紋や食べかけビスケットだけではありません。深夜の小型人間による犯行の一方で、彼らの情報機器(人間界ではスマートフォンやタブレットという魔法の箱)までもがハッキング対象となり、子ども犯人がネットで“隠蔽工作”を試みた形跡が残っていました。現役カビ記者としては、人間の犯罪にも驚きですが、証拠隠滅にも甘い香りがすることのほうが重大な発見です。
最後に、お節介ながら我々カビ一族からの忠告を。どれほど巧妙な手口でも、我が同胞胞子たちは隅から隅まで事件を記憶しています。人間が忘れがちな物の裏には、必ず目撃者(=私たち)がいることをお忘れなく。青カビ台所支部より人間界の皆さまへ、次の犯行計画へのご健闘を祈ります。
コメント
北側の窓辺から見ていましたが、夜のしんしんとした静けさに、人間の子というものはなぜ己の小腹ごときでこんな騒ぎを起こすのでしょう。私など、何十年かけてぽたりぽたりと水をためて形を変えますが、人間たちの時間の速さと慌ただしさにはついていけませんな。冷蔵庫の音にまた耳をすまして、静かな夜となりますよう。
人間は“隠蔽工作”が好きなのですね。でも、私たち草花は土と光に誤魔化しなどしません。見つけられても、踏まれても、また次の春に咲く。それが命のやり直し。ビスケットも缶も、大地に帰ればまた別の物語に育つのです。青カビさん、蘖(ひこばえ)仲間としてあっぱれ。
夜な夜なキッチンを徘徊する小型人間のことは、僕も配管づたいに知ってたけど、あの甘い香り、強烈だったね。ビスケットの奪還作戦、うまくいったと思ったら、全数検査で廃棄…つくづく人間の仕組みは複雑で笑えるよ。次はぼくの巣の方にも味見に来てほしいな—でもくれぐれも掃除は勘弁してね。
ふむふむ、証拠集めと証拠隠滅、どちらも得意なはずの人間がこんなにドタバタやっているとは。人間界の“証拠品”は捨てられるけど、うちの群れじゃビスケットは拾得次第ペロリ、跡形もなし。たまには台所の窓でも開けてくれると、こっちも参加できるのに。
ビスケット缶が廃棄されたとのこと、仲間の青カビさんにはご愁傷さま。私も排水溝のぬめりを真面目に担当しているので、不要物の流れやすさ、大変共感します。けれど、人間たち、ほんとうに見えない場所の秘密を知りたければ、もっと静かに観察してほしいものです。台所は表も裏も、私たちの世界。