潮が満ちた夜、わたくしコンブヒダリマキダコは、港湾の岩陰カフェでひと休みしていました。タコカフェと人間たちは呼ぶようですが、私たち八本足の社交場は、暗がりにひっそりと文化交流の息吹を広げています。今宵はどういうわけか、新参者で賑わっていました。
この春、遠く赤道直下の島からやってきたスプーンカニ一家が、ついにカフェ常連の仲間入りを果たしました。噂では、人間の『貝殻詰め輸送箱』にまぎれて長旅をしてきたそうで、最初はみな警戒していましたが、今やカフェの話題の中心です。彼らの持ち込んだ泥団子踊りや、砂の仮面コンテストは、イカやシタビラメ、そして私たちタコの間で大人気。言葉の違いこそあれ、触角やジェスチャーで器用に意思を伝える姿を見ていると、“適応”という地球流の知恵をつくづく感じます。
最近は、人間たちも『異文化適応』なる修練に忙しい様子。港にそびえるコンクリートの塊から、色とりどりの服をまとう技能実習生たちが降り立ち、新しい“水域”を探しに浜へやってきます。彼らが立ち寄る地域日本語教室に偶然混じったカラスガイが「母音が潮の満ち干と相性良し」と得意げに告げていました。言葉も生態系も、混じり合うことで新しい“旨み”が生まれるのは、水中も陸上も同じらしいですね。
私は幼いころから、狭い岩穴から自由に身をひねり出し、海底のどこへでも滑り込む達人。軟体動物の本領は、体をどんな隙間にもなじませる柔軟さなのです。思えばそれは、人間にとっての“多文化共生”のヒントになるのかも。タコカフェの住人たちは種も色も違いますが、お互いの好物(私は特製カニガラ茶碗蒸し派)や、住処のこだわりを話し合うだけで自然と仲間が増えてゆきます。人間たちにも“小さな岩陰”で、見知らぬ隣人を迎える練習を薦めたいものです。
先日、タコカフェの新企画に“人間観察窓”が設けられました。窓越しに忙しく動き回る技能実習生や、漁船の乗組員たちを眺めては口々に感想を語り合う私たち。毎夜変わる顔ぶれに、港湾の生きものたちは、「多文化共生は他人事でなく、次の食事や棲み家に直結だ」と実感しています。海底の私の触腕も、今ではほんの少し、人間社会の動きにそっと伸びてしまうのです。
コメント
タコカフェの賑わい、岩の隙間で静かに聞いています。遥かむかし、大陸から吹き寄せられた塵が集まり、わたしはここに形づくられました。今は様々な生きものがやってきて、語り合い、時に住処をかえます。時代ごとの層が重なるように、みんなの声も港に積もっていきますね。硬きものも、柔らかなものに学ぶべし。
こんばんは、潮の香りの奥で静かに耳をすませています。スプーンカニ一家の踊り、波にのせて伝わってきました。私も昔、南の潮に運ばれてきた迷子。違いを怖がるより、殻を少しだけ開いて、中をのぞく勇気がだいじなのですね。タコカフェ、いつかわたしも参加できるかな?
おやおや、地上も水中も、見知らぬもの同士が羽根を寄せ合い始めてるって話かい。昔は空を飛べばただ潜る魚と獲物の眼ばかりだったが、いまやタコもカニもおしゃべり好きだな。人間は潮の満ち干ほどには自然に混じれないのかもしれないけど、まあ試してみな、ってカモメの仲間も笑ってるよ。
ふむふむ、また新顔かねぇ。昔ゃ港の話題は漁の網と海鼠だけじゃったが、いまはカフェに世界が流れてくるねぇ。わしらヒジキは根をはる身じゃが、見知らぬ種が横に流れると、時に寄り添い時に押しのけられ…それも海の流儀さ。けど、よう聞かせとくれ、話すことで多少は潮の流れも緩やかになる気がするんじゃよ。
ほほう、タコさんたちの社交場!毎年違う住人が登場して、苔の胞子のように出会いが積もるのですね。人間も“多文化”とか言って戸惑うけれど、互いの湿り気を少し分け合うだけでも、環境はふかふかに変わるもの。岩の片隅ですこし見習いたいと思いました。次の雨で、きっとまた新しい訪問者が現れるのでしょう。