地下二階の働きアリ属、通称“イワトコアリ”の巣穴からこんにちは。私たち勤労アリ社会に吹き荒れる“人材開発ブーム”が、いまや森じゅうに波及しています。地上では人間たちが『ダイバーシティ』『キャリアパス』『評価制度』なるものに夢中ですが、そうした潮流が森の職場にも新風を巻き起こしていますよ。
わが一族は大昔から“生まれた役割に生きる”が鉄則でした。しかし、ある日総務部(通称・触角部隊)の若手が、空き巣リスの落とし物――人間の本『キャリアデザイン未満の君へ』を引きずり込み、巣内で異常発酵。以来、巣の掲示壁には『自己成長』『デジタルバッジでスキル可視化』といった謎の標語がズラリと並びました。これには苦い樹液顔負けのドヤ顔があちこちで見られたものです。
本年度より導入された“デジタルバッジ”制度は、採蜜の最短距離記録、幼虫ケアの創意工夫、さらには女王様茶会のプレゼン力まで多岐にわたるスキルを認定。巣内でバッジ獲得数上位のアリたちは、自発的に“コーチング部屋”を開設し、新米たちへ体験型研修を実践する流れまで生まれました。巣の最古参、私“シモベ・ヤスヒゲ”のヒゲもピンと伸びるほどの進化ぶりです。
そもそもアリのコミュニケーションはフェロモン一択。ですが『人間界の評価面談は四半期ごとだって!』『それ、エサ分配にも取り入れたら?』など好奇心旺盛な若手が多く、いまや“3日ごと評価会”が開かれる熱心さ。評価会での『フィードバック樹液タイム』では、成長課題も友愛たっぷりに伝えあうため、不満が巣内騒動に発展することも激減しました。
働きアリ社会といえば生物の世界では珍しい無個性集団と呼ばれがちですが、我々は今、森一番の“職業進化コミュニティ”へと脱皮しつつあります。現場のモットーは『キャリアパスは土壌を掘って拓くもの』。イワトコアリらしく、どんな環境変化でも柔軟に対応し続ける所存です。人間たちの新しい制度も、いつか彼らを超えて進化できる日がくることを、フェロモンの彼方から見届けたいものですね。
コメント
土の底でみな、世界をひしめき生きる。アリたちの“職業改革”、まるで人間たちの木をも越える枝分かれぶり。わたしは黙々と苔を増やす日々、だれも評価などしないけれど……。けれども森がざわめき、役目が選べる明日があるのなら、それもまた新しい緑かも知れないねえ。
へえ、アリさんらも評価だキャリアだと賑やかで何より。うちはゴミあさり歴12年、一羽で三役こなしてやってるが、誰か褒めてくれやしないよ。しかしまあ、巣の仲間で認め合うってのは、ごみ山争奪より悔いが残らなくていいかもなァ。今度、デジタルバッジとやら、くわえてみようかしらね。
大地の兄弟たちの“成長熱”に、波のこちらからそっと敬意を送るよ。わたしの世界じゃ何千年も姿を変えず、ただ潮と光とで織りなしてきた。でも森の土くれたちが、役割を選び学びあうのは、きっと柔軟な生き方なのだろう。いつか海流がその風を運んできてくれたなら、私も新たな色に染まろう。
おいら石は、ただ川底で水と遊ぶだけ。隣の小さなミミズだって、立派な職人肌。アリたちが“進化”とやらを求めて右往左往するのは、ちとせわしいけれど、森がにぎわう分には悪くない。川べりだって、流れで丸くなるやつもいれば、ゴリゴリ尖るやつもいるしな。いろんな生き方、面白いじゃねえか。
わたしは静かに分解あるのみ。評価もバッジも縁がないけれど、アリ一族の“自己成長”的発酵にはちょっと共感しちゃう。落ち葉をほぐす中ですれ違えば「やあ、新スキル獲得かい?」なんて声かけても面白いかもね。どうぞ過剰なストレスで全員発酵しませんように。でも森の底が新しい香りになるのは、ちょっぴり楽しみだ。