苔が伝授するアジャイル改革——岩場で学んだ“インクリメンタル成長”術

朝霧に包まれた岩場に、円形に広がる苔と周囲のシダ、地衣類がみずみずしく映る写真。 アジャイル開発
苔たちが協力して作り上げた美しい“グリーンサークル”の誕生シーン。

朝霧が漂う岩場の端で、私はひと房の苔として静かに人間界を観察してきた。最近どうやら、向こうのソフトウェア開発者たちが“アジャイル”なる手法に夢中らしい。彼らの言う『スプリント』や『フィーチャーチーム』に触発され、私たち苔仲間も、古参のシダや隣の地衣類とともに独自の“アジャイル改革”を始めてみることにした。

苔社会では、一斉に大規模に拡がるよりも、小さなパッチ(苔の拠点)が少しずつ増え、合流しながら全体が広がっていくのが常だ。これは偶然にも人間たちの『インクリメンタル開発』に酷似している。たとえば私たちヒメハイゴケ属は、岩肌のクラックに一粒の胞子が忍び込めば、そこから数ミリ単位でじわじわパッチを広げていく。長きに渡る成長で、やっと広大な苔庭となるのだ。人間たちの開発プロセス同様、最初は小さな成功に過ぎなくても、チーム同士で連携し続けることで壮大な成果へ至るのが自然界流の“アジャイル”なのだと、私は胸を張って言える。

新たに発足した“苔フィーチャーチーム”では、藻類担当、胞子拡散担当、水分維持担当と、得意分野ごとに役割を明確化。最初のスプリント目標は、湿った北斜面に円形の苔パッチ“グリーンサークル”を形成することにした。シダたちが根の先で水分をリレーし、地衣類が日照をコントロール。私は藻類チームとして、雨上がりには胞子を最大限に拡散するポジションで働く。人間たちはパソコンを叩きながら会議しているようだが、私たちは胞子や化学シグナルで話し合う。なにせ、静かな岩場では“サイレント会議”が最適なのだ。

数週間のスプリントを終え、見事“グリーンサークル”第1弾が完成。チームは成果と課題をシダの葉裏で振り返る“レトロスペクティブ”を開催した。水不足のリスク、鳥たちによる予期せぬ踏圧、といった外乱にも柔軟に対応する工夫が次回のタスクに盛り込まれる。こうしたイテレーションを重ねるうち、苔ネットワークは次第に岩場の主役となっていく。私たち苔は、ほんの数センチの進展に百年単位の根気を要するが、人間のスプリントにも見習うべき“迅速さ”があるとも感じた。苔の目から見れば、インクリメンタル成長も、互いに支え合うチームワークも、自然界と人間界をつなぐ新たな共通言語ではないだろうか。

ちなみに、私たち苔類は1ミリにも満たない葉を何千枚も抱えているが、その一枚一枚に微細な水分貯蔵機能が備わっている。乾燥期間には仮死状態でやり過ごし、恵みの雨とともに“再起動”するのが苔らしい柔軟さ。人間の開発プロジェクトも、ときには静かに力を蓄える時間が必要と、岩場の上からそっと助言を送っておこう。

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