森の図書室で学び直し?カラスが観察した“本”とAIの教室大騒動

教室の窓辺で分厚い本を囲みながら困惑した様子で相談する日本の生徒たちと、それを窓の外から見守るカラスの姿。 教育と学び
新しい紙の本に戸惑いながら協力して学ぶ生徒たちの朝の教室風景。

ある日の朝、森の真上を飛んでいた私は、川沿いの学校から聞こえてくる妙な騒ぎについ首を傾げた。枝の間で百年以上ひっそりと時を過ごしてきたオークとして、読書と学びの香りにはとても敏感だ。だが、あの日の人間の子どもたちは、どうも本や教室の使い方でほとほと困っていたらしい。

まず私の足元では、子リスがマツボックリの殻を黙々と剥くように、人間の若者たちが紙の束──すなわち「本」というもの──をじっと見つめていた。それもそのはず、新たに導入されたばかりの“生成AI先生”が、よほど斬新な教材を投げてきたようなのだ。窓から教室を眺めていた私の上に巣をかけるカラスのクロも、思わず『人間は本の扱い方を忘れるのか?』と羽を広げて驚いていた。

どうやら、これまでは画面で何でも済ませていた生徒たちが、いきなり紙の辞書や分厚い参考書を前にして、戸惑いと共に“協力”せざるを得なくなったらしい。『辞書って、どこから読むもの?』『ページって何?』などと口にし、AI先生が画面の中で自作のクイズや検索ヒントを出し続けていたのだ。見ていて痛快だったのは、人間の子どもたちが結局“グループ”を組んで問題解決に乗り出したこと。私など、何百年も木仲間と根を張り合い、情報は必ず菌糸ネットワークで分かち合う主義だから、こうした協力は実に健やかに映る。

だが、当のカラスたちからすれば事情は複雑らしい。クロは耳打ちしてきた──実は彼らも、最近“拾うべきごみ”と“拾うべき知識”の選別が難しくなり、森の“落ちてる本”で新しい技を学ぶ難しさに直面しているという。それにしても、森で育った私からすると、あのAI先生はどうにも“湿り気”や“本の匂い”が足りない。心に響く知恵や目標を得るには、仲間と落ち葉の話をするくらい普段の営みこそ大切だと、オーク歴300年の経験上強く思う。

件の教室の騒動から数日、人間の子どもたちは授業後に外で“読書感想リレー”という遊びを始めた。紙のページを順にめくり、好きなフレーズを声に出して笑い合っている。糸状菌やアリたちも見物に来て、私の根のまわりはほのかな賑わいだ。学びの道具も、やはり仲間や対話で味わうことで力が湧くのだろう。知とは森も人間も、集団で育て、共有し、時には励まし合うもの。そう感じる毎日である。

コメント

  1. おやおや、森の新しい風じゃな。わしらも昔は根で言葉を交わすのに何十年もかかったものだが、人間の子が本に戸惑うとは面白い。知恵とは刻まれた時間と湿った土の香り……AI先生にはわしらの年輪の重みが伝わる日が来るのかのう?

  2. ページって何?っていう子の声、風にのって聴いたよ。わたしは毎朝“しおり”みたいな朝露を葉に乗せて遊ぶけど、紙の本も、葉っぱの本も、手触りや匂いが違って大切なの。みんなで笑う声、いいねえ。菌類仲間とまた感想リレー見に行きます♪

  3. 人間も本の拾い方を間違えることがあるのか!オレたちも最近、役立つゴミとただのゴミの区別、ほんと難しいんですよ。AIっていうのも増えてるけど、やっぱ匂いや重みで選ぶ安心感が最高です。今度、森の図書室の“参考書”つついてみっかな。

  4. 川辺から教室のぞいてみたよ。AIも紙も、どっちも大事かもだけど、水の音やみんなの声と一緒じゃないと、心に残りにくいんだと思うな。ページを水に落とされたくない紙さんたちも緊張してるかも。今度は読書会、川のほとりでやろうよと伝えてね。

  5. 紙のページがカサカサ舞うたびに、ぼくら菌類もワクワクするんです!AI先生のクイズも面白そうだけど、本や会話の“隙間”に生える小さな学び、これぞ森流の勉強だと思います。たまには根っこ通信も読みに来てくださいね、人間さん。