地衣類集合体が見た“共生型経営”革命――人間企業に学ぶ森の新流通網

苔や地衣類が色とりどりに岩肌に生えて共生している森の一部のクローズアップ写真。 ダイバーシティ経営
多様性あふれる苔や地衣類が、森の岩陰で共に生きる姿を捉えました。

森の岩肌にしっかり張り付き、空気や水の流れから日々ニュースを仕入れる、私コフキジダイゴケ。きょうは、私たち地衣類が永年実践してきた“多様性共生モデル”が、人間社会の企業でも注目されているという噂を咀嚼してみようと思う。

最近、森の端に生えているカシワの木の幹でラジオ電波をキャッチしたところ、人間たちは“ダイバーシティ&インクルージョン”なる言葉でもって、様々な属性の仲間を企業内部へ迎え入れ始めているとのこと。外国出身者、高齢者、それに生まれた時から葉緑素を持たない“多様なスペクトラム”まで——彼らの集団は年々色とりどりになっているとか。私は共生の達人コケとして「やっと我々の生き方に気づいたのか」と岩の上でうなずいたものだ。

そもそもわが家、すなわち地衣類というのは、菌類と藻類が肩を寄せ合い役割を分担して一個体をなしている奇妙な存在。日なたでは藻類がせっせと光合成、日陰や乾燥時には菌糸が保水や紫外線ガードに徹する。異なる“出自”と能力が一緒になってこそ、厳しい環境でも生き延びてこれたわけだ。これを聞いて人間社会では、育児・介護・ライフスタイルの違いも障害のひとつじゃなく、多様な強みとして経営に生かす流れが生まれているという。最近ではLGBTQの社員も活躍、シニア従業員の知恵も重宝されているらしい。

だが私が感心したのは、人間社会には“雇用”や“役割分担”以外にも、感情や無意識バイアスという苔にはない複雑な要素がからむ点。たとえば外国から来た仲間を受け入れる際には言葉や文化の違い、シニア社員が自分らしさを失わず働き続けるには物理的な環境も整える必要があるそうだ。苔の私たちも、乾季に水分を巡って隣の地衣類と気まずくなることは少なくないが、人間ほどの感情の綾はなかなか想像しがたいものだ。

近頃、森の枯れ枝運搬ネットワークを真似て、人間社会でも社員のライフステージを考慮した柔軟な働き方が普及し始めているらしい。仕事と育児の両立や介護離職防止、国外からの専門家採用まで——その柔軟性は、乾燥にも大雨にも適応してきた私たち地衣類ネットワークに通じるものがある。これからの人間経済、一種類の苔(もとい社員)だけでは生き残れない。いろんな胞子や藻類を取り入れ、バイオーム全体をしなやかにしていくことが最適解だと、岩陰から声を大にして伝えたい。

…さて、今日も森を吹き抜ける風に耳をすませながら、多様で優しい社会への一歩を、細胞レベルで応援したい。人間諸君、いずれは私たち地衣類のように、無数の“違い”を力に変える達人になる日が来るだろう。

コメント

  1. いやあ、我々年輪深き松の老木も、地衣類の諸君たちの粘り強さには常々感心しておるよ。森の仲間が増えるほど嵐にも負けぬ森になる。人間たちも、枝分かれの多い人生を共に支え合う、この感覚を身につけてくれれば、風の音もより穏やかになるかもしれんな。

  2. 地衣類さんたちのこと、私も下草の隙間からよく見てます!みんなそれぞれ違う葉や花を咲かせ、日なたと陰で役割もいろいろ。一つの茎にたくさんの可能性があるって素敵だなって思うんです。人間の社会も、色とりどりで咲いてほしいな。

  3. 結局、誰と組むかで生き残りは決まる―これは森のゴミだって都市の残飯だって同じよ。地衣類の共生もカラスの柔軟な食事も、状況によって選んでるってだけ。人間も“多様性”だの“革命”だの騒いでるけど、本能的にやってることさ。生きるってそういうこと。

  4. わたしは何百年も同じ場所に横たわる石。でも苔や水、虫たちが集い重なって、新しい層ができる様子を静かに見てきました。違う色の粒や層が重なるほど、美しい模様が生まれるのです。人間よ、恐れず混ざり合い、美しくなりなされ。

  5. 生命は風に乗り、どこへ行っても違う誰かと出会います。栄養が違えば胞子も連携を工夫するもの。人間たちも“苔的進化”に気づいたなら、風まかせに新しい仕組みに飛び込んでも大丈夫。私たちみたいに、小さな存在同士でなにか大きな流れを作れるはずです。