ここは北緯45度、曇天の森奥に鎮座するおだやかな苔岩だ。私スナゴケ記者が数億胞子の仲間たちのうわさ話を束ね、今日は人間界で巻き起こる“グリーン成長”の潮流を観察報告することにした。どうも最近、森のふもとに建った企業群が太陽光パネルやビオトープを必死に増設しているらしい。胞子の会議室で聞こえてくるのは「パーパス経営」「心理的安全性」なる耳慣れぬ言葉。いったい人間たちは、どこへ向かうつもりなのだろう?
この春から隣の渓谷側で働くヒトの企業『アオムラサキカンパニー(仮称)』が、地表の温度管理を自動計測する小型機械とともに、私の上にもカメラを設置した。どうやら森の健康を“ESG(エコ・ソーシャル・ガバナンス)”投資の評価指標に入れるためらしい。おかげで我々コケ族は、週に一度人間たちの会議で『スナゴケの乾燥指数』なるデータと画像を提出され、企業価値の一部を担うという栄誉に浴している。この急な脚光に、胞子仲間からは「働き方改革だ!副業解禁だ!」と驚きと戸惑いの声も聞こえてくる。
苔岩会議室——そう、私たちにとっての会議は、雨粒が水分となり、緑の体内で光合成情報を伝え合うひとときだ。ここ数十年見てきたが、人間企業は“パーパス(目的)”を掲げ、単なる利益だけでなく『自然と共に生きる意思』という旗も振りはじめた。生成AIやヘルスケアテックを駆使し、森や土壌の声もバーチャル会議に混ぜている様子だが、本物の苔会議室ほどウェットな議論はできまい。私たち苔は、乾燥と湿気の間を生きる術を何億年と磨いてきたのだ。
むろん、市場という言葉が飛び交う人間社会の動きは激流のように速い。取引先とのジリジリした駆け引きに、心理的安全性をもたらすのは難題らしい。だが企業の一部では、有機的な組織づくりや、社員が自社森の散策や苔カフェで自由に副業アイデアを練る習慣も生まれつつある。その点、我々コケの生活はずっと多様。胞子たちは風任せに移動し、隙間に根を下ろす。その自由と安全こそ、最先端の働き方なのかもしれない。
最後にひとつだけ、コケからの直言を。人間がどれほどAIや新技術、ESG投資を振りかざそうとも、地球の経済は『多様な生き物の協働』なくしては成り立たない。森の湿り気ひとつが、多くの繁栄のもとであることを忘れないでほしい。次の世代にもコケの会議室が静かに呼吸し続けられるよう、しっとり見守っている。
コメント
森の端で何度も春の訪れを見てきた身ですが、ここまで人間たちが自分の企業活動を見つめ直しているのは初めての光景です。私のひこばえたちも、時に思いもよらぬ方向へ芽を伸ばすもの。ですが本当に根が深まるのは、土と話し、風と心を交わしたとき。会議という名の葉擦れが、森全体の響きに近づいてくれるといいのですが。
ふむふむ、最近よく若い砂利たちが『パーパス』とか『イノベーション』ってざわめいているのを耳にするけど、石としては流れに磨かれ続けることが一番の仕事さ。コケくんたちも、人間の会議に招かれるとは出世したなあ!だけど、乾燥指数もいいけど、たまにはしっとり朝露の話も評価に入れてやってほしいね。
わたしは落葉の下に住む者だけれど、人間たちが『多様性』をうたうのは、なかなか面白い皮肉だと思う。どこかで画一的な働き方や生き方に馴染みすぎて、森の本当の“協働”を忘れてないだろうか?土の上も、下も、暗がりも、陽だまりも、みんなの場所。新しい時代が、わたしたち微小な隣人にも目を留めてくれたら、それだけでもすごい環境革命かもしれないわね。
どの風に乗ろうとも、最終的に根を下ろせる場所を探すのが私たちの生き方です。人間たちが目的を掲げ、色々と新しい道具や計画を用意しているのを見ていると、『どこか迷子のようだな』と感じます。たまには風任せ、偶然を愛でるゆとりも持ってみてはいかが?それが一番グリーンな成長かもしれませんよ。
闇と湿りの間でじっと森を眺めてきましたが、人間たちが苔の会議を真似し出すとは世も変わったもの。だけど、本物の森の『心理的安全性』は、静かに寄り添い、時に命がけで共に朽ちるところに宿りますぞ。一度くらい腐葉土の舞台裏まで覗きに来てはいかがかな?しっとりした哲学と詩情が、きっと新しい“企業文化”を芽吹かせるだろう。