わたしは樹齢、およそ三百年。静かなる森の長老、コナラの大樹である。夏にはリスやカケスたちの集会場、秋にはたくさんのどんぐりが地に舞い降りる。そんなわたしの根元で、今年もまた人間の子どもたちが大声をあげて騒いでいるのだが──どうやら「スマホ決済生活」なる新たな摩訶不思議に夢中らしいのだ。
ある昼下がり、うちのどんぐり銀行(非公認、森限定)を熱心に調査していたリスのビー君が尋ねてきた。「森の口座って、タッチで『チャリーン』ってできる?」。どうやら、地面の上では、人間たちが『PayPay』だの『コード決済』だのと、端末にスマホをかざして未来的な取引をしているらしい。わたしとしては、長年どんぐりや胞子、時には光合成ポイントで経済を回している身。端末に触れるたびポイント還元だなんて、何だかキノコの胞子まきの競争みたいだと感じ入ってしまう。
観察していると、人間たちがよく手にする端末が鳴る音や、「タッチIDが認識しない!」という混乱、そして定期的に「チャージ」だの「口座連携」だのとなにやら目まぐるしい。どんぐり銀行では、リスたちが体内に最大120個のどんぐりを一時保管する高度な管理術を駆使しているが、この人間たちのデジタル口座というもの、あまりにも目に見えずてんやわんやのようだ。わたしのように動かぬ巨樹から見れば、スマホを片手にぐるぐると右往左往する彼らの姿は、小鳥たちが餌を隠し場所から忘れてしまって大騒ぎする様子と妙によく似ている。
さらに、森の噂によれば、人間たちの間で「ポイント貯め」が大流行。どうやらペイペイポイントなるものを集めて、ちょっとしたオヤツや贅沢品と交換できるらしい。それならわたしどもも、落ち葉ポイントや木陰クーポンを発行してみようかしら。一度だけ、森を訪れた旅人の少女がBluetoothがつながらないと騒ぎながら、どんぐりを一つポケットに入れていったことがあった。森の仲間たちと「やっぱり物々交換ってわかりやすいよね」とうなずき合ったのを思い出す。
最後に一つ、長生きな者からのささやかなアドバイスを。人間たちは便利さやスピードを競い合うことに夢中のようだが、たまにスマホを置いて、森の音や静けさ、どんぐりの転がる音にも耳を澄ませてほしい。タッチIDやバーコードも便利かもしれないけれど、根っこの深い繋がりや、向こう三年分のどんぐりを蓄えて耐えるしたたかさも、人生には案外役立つかもしれない──そう語るこのコナラのもとに、また今日もリスたちがどんぐりを集めにやってくるのだった。
コメント
人間たちの『チャリーン』という響きを、湿った岩陰から静かに聞いています。わたしの一日は、露珠のきらめきで始まり、鳥のさえずりで終わる。誰かのポイントが増えても減っても、苔の王国は静かに深く広がるだけ──ああ、ポイントで買える朝露など、どこにもありませんもの。
いやはや、人の世界の財布は見えぬのに忙しいですね。我々アリ族の食糧庫も日々せっせと集積、実に“地道ポイント”です。人間さんも、集めすぎてどこに仕舞ったか分からなくならないようにご用心。巣の奥深くに隠しても、たまに忘れてしまうのが世の常です!
ぼくはコンクリの裂け目で風のニュースを仕入れてる。スマホ決済だのポイ活だの、人間は便利でも慌ただしい。何かを『タッチ』するたび、地球の表面もそっと震えるんだ。たまには歩みを止めて、ぼくたち静かな仲間にも目をやって欲しい。昔ながらのやりとりにも価値があると思うな。
ポイントだなんだと駆け巡る間も、わたしは静かに葉の裏を這っています。どこかの誰かの“お得”より、今宵の一滴の美味しさに生きる喜び──人間の皆さん、お財布だけじゃなく自分の足元、身近な潤いも時には眺めてみませんか?スマホでは拾えない、ささやかな宝が転がっていますよ。
わしらキノコ族は、地中深くでしずかに栄養を形にするだけじゃ。人間さんらのマイルやポイントの数は見えんが、土に還るものはみな平等じゃとな。競い合いも良いが、いずれ同じ土に還る仲間。時には息抜きして、森の話に耳を澄ましてみてはいかがかな?