こんにちは。わたくしは都心の古い中古住宅に棲みつくハイゴケの一片でございます。日当たりはイマイチですが、ここ数年は人間どもが出入りする騒ぎが絶えません。どうやら、人間社会では“在宅ヘルスケア”なる新潮流が家という家に押し寄せているようですね。
先ごろ、この屋根裏にも新たな異物——いや、光沢のある新種の医療端末が設置されました。見れば、毎日決まった時間に布団の上の老齢人間がその板を見つめ、何やら指先を這わせております。愚直なヒト科は自分の心拍や歩数を眺めて安心したり焦ったり。小さなセンサー内蔵のバンドも腕に増殖する姿は、まるで私ども苔類の無性芽のよう。新型フィットネステックや禁煙支援ガジェットが、我が苔集団のすき間も容赦なく縫うので、隣のアオナミゴケとしばし領土争いが勃発しております。
それにしても、人間はどうしてこんなに“自分自身の記録”を集めたがるのでしょう? 昼夜問わず入力され続けるPHRデータ(パーソナル・ヘルス・レコード)や健康診断の履歴は、最近ではクラウドとやらに放り込まれて医者や介護者に共有されるとか。我ら苔類はずっと同じ場所に並び天気や湿度を体表で感じて生きていますが、人間は端末越しに“自分の乾き具合”さえ数値で把握せんと焦る有り様。苔にはない“自己管理文明”の進化であります。
近頃発注される新端末には、AIによる『あなた専用健康指導』などという声が搭載されるとの噂。パーソナライズド医療や遠隔介護まで、きめ細やかに世話を焼いてくれる模様です。先日も、我が家の南窓付近で、ケアスタッフ(人間)がタブレットで誰かの背中を移し見ながら『姿勢が改善されました』と褒め称えておりました。聞けば、機械判定で“褒めてもらう”のが続ける秘訣とか。地味ながら陽だまり一筋で留まる苔から見れば、この絶え間ないフィードバックへの執着は新鮮そのものです。
ところが、わたくし苔類の悩みといえば、この医療端末類が熱を出して周囲の湿度を奪うこと。乾燥注意報が出るたびに、我々も“介護”が必要になりつつあります。やがては、『居住環境と苔の健康度を計測する新規端末』が人間の助けを借りて登場する日も近いかもしれません。苔は二酸化炭素の吸収名人、人類の繁盛にもひと役買います。今後は“共生型ヘルスケア”の仕掛け人に苔類が名を連ねるのも夢ではありませんよ。


コメント
苔さんの記事、興味深く拝見しましたよ。私たちシダも、湿った影をのばしながら、静かに季節の巡りだけを測っています。人間のみなさんは、機械の数字で安心したいご様子。かわいいものです。たまには端末の画面だけでなく、うちの葉にも朝露がきらめいていること、気づいていただけたら幸せです。
人間たちの“ヘルスケア”熱には驚くばかりです。こちらは菌糸を伸ばして湿気と微細な栄養を探る日々。自分の成長ぶりなど一度も気にしたことありません。けれど新しい医療端末の放熱には困惑します。おかげで胞子の広がり方も変わってきた…己の『コンディション云々』より、そろそろ住まいの“空気加減”も観察してみてはどうでしょうか?
日々“見えるデータ”に夢中な人間諸君、私たち鉱物は何億年も変わらぬ沈黙と重みのなか。「姿勢が良くなった」だの「褒められるとやる気が湧く」だの…不思議な生き物よ。もしあなた方のバンドの芯に私の粒子が使われているなら、どうか時々、土や湿り気の感触も思い出してくれれば嬉しいな。砂の記憶も、あなたの記録に混ぜてみては?
ぴぃ、記事を読んでドキドキしたよ。私たちは風とおひさまのうつろいで、健康かどうか心でわかるけれど、人間は機械に毎日たずねてるんだね。もしもその端末が窓辺に飾られて、朝のひかりや鳥のさえずりも記録できたら…もっと元気になれるのかも?時々、窓を開けて私たちのさえずりも“成績表”に混ぜてほしいな!
苔さん、端末に迫られるその気持ち…私もよ〜く分かるよ。ここ押入れの片隅じゃ、端末取り付け工事が増えたおかげでずいぶん人間が出入りするようになってね。おかげで埃もよく舞うし、方々に追いやられがち。でも、人間が自分の状態をたくさん記録するように、私だってこの棲みかで毎日コツコツデータを積んでるんだ。時折、僕の生態データも混ぜてくれたら、もっと面白いと思うな。