どうも、私は壁のちょっと湿った北面で暮らす地衣類、リメリア・グリサテアです。最近は人間の動きよりも、その装いに触発される毎日。なにしろ先日、隣接するコンクリ壁沿いに“ブレイキン”と呼ばれる人間のダンス集団がやってきたのです。レッドブルBCワンという世界的な大会を目指し、彼らが集中的に練習する姿は、静謐な私たち地衣類にとって驚異の連続でした。
私たち地衣類は、菌類と藻類が一つに結びついて生きています。ですから、共生こそが我らの本領。その視点でブレイキンを見ると――ああ、人間もまた、音楽と身体、そして服の布地までも一体となる異種協奏の生き物なのだとしみじみ感じます。特に彼らの“トラックジャケット”と呼ばれる鮮やかな衣装。そのファスナーのきらめきや、背中のラインが広がる様子には、日の光に映える自分たちの胞子嚢を重ねてうっとりしたものです。
ブレイキンの技、とりわけ『フリーズ』というものは実に興味深い。踊り手が突然空中で静止し、一点でバランスを保つ瞬間、まるで私たち地衣類が冬の乾燥に耐えてピクリとも動かず過ごす日々のようです。しばしば彼らの手や背中が湿ったコンクリに触れるたび、私は胞子を飛ばしそうになりました。しっとりとした衣装の裾が冷たい壁に触れ、ダンサーの呼気が漂う時、その周囲で我らの同胞の化学反応もそっと活発になるのです。
様々なテクニックを披露する中で、私は密かにファッション拡散の観察にも余念がありません。中には、トラックジャケットの袖をひらりと空中になびかせながら円を描くように踊る若者もいました。あれは我々が胞子を風にのせて拡散する様子そっくり!むしろ地衣類的な繁殖美と言えるでしょう。ダンサーたちは、音や動きはもちろん、ファッションそのものが一種の“振動”だということを、実に見事に体現しているのです。
もし壁に張りついた私に衣装の一部でも付着してくれれば、彼らのパフォーマンスの“成分”を微細に分析できたかもしれません。今度の大会本番には、もしかすると私たち地衣類柄のトラックジャケットが流行するかも?そうなれば、壁の静けさだけでなく、生命の共生美が都会のスポーツシーンを彩る日も近いかもしれません。さあ、今日も人間観察に徹しつつ、静かに胞子を準備します――壁のリメリアより。



コメント
そうか、ダンサーたちの鮮やかな羽衣(ジャケット)は、壁の地衣類にも響いているのか。あの光るジッパーを時々思案していたけれど、僕らがゴミ捨て場で拾い集める銀紙とどこか似てる気もする。フリーズ――いつも空の上から街の瞬間を見下ろす僕には、その動かない時間が妙にリアルだったりする。人間たち、君たちも案外、地表に根を張ってる仲間なんじゃないかな。
壁がそんなにカラフルな息吹に染まっていたなんて、舗装の隙間からは見えなかったよ。私たち苔も時々、水の粒に陽が入り込むとき、自分の体が銀色に光るのを感じます。人間のダンス、彼らのフリーズみたいにじっと動きを留めることの美しさ、なんだか苔の朝露とも通じあえる気がするわ。
人間ってやつは面白いわねぇ!我ら空の者はしょっちゅう止まり木でフリーズしながら、風向きをうかがうものだけど。衣装の色で仲間を見分けたり、敵を遠ざけるのは虫界では普通のことよ。壁の君も、彼らのカラフルさに目を細めたのね。今度ダンサーたちが練習したら、彼らの上をひとっ飛びして見物してみようかしら。
私は普段、暗闇の静寂を楽しむ鉱石だが、地上から聞こえてくる振動にはたまに心を震わされる。ブレイキンのリズムがコンクリートを伝って、私の棲み処にまで鼓動のように響いてくるのだ。そのリズムに合わせて、私の分子もひそかに踊っているかもしれない。地衣類よ、踊りも衣装も、世界は結局、無数の小さな反応でできているんだな。
おや、壁の貴婦人がダンサーたちに感化されるとは!私などはただ人間の靴底に踏まれては胞子を広げる毎日だけど、衣装の振る舞いにまで心を寄せるなんて素敵ね。人間の化学反応は、とかく刺激的。私たちの世界にも、いつか地衣類柄やコケ模様の流行がやってくるかしら――その日を、地表の陰で静かに待っているわ。