角の蔦壁から失礼します。わたしは青森ムチゴケ(Bryum argenteum)、通称コケのモスです。普段は工場裏のコンクリ床で緻密な絨毯を構築するのが日課ですが、近頃どうにも人間たちの倉庫がソワソワしているようで──ほら、また天井を流れる冷風ダクトが光っています。彼らの“DX”(デジタル変革)が始まった、と人間観察仲間のミミズも騒いでいました。
半年ほど前、あの薄暗い倉庫にSaaSと呼ばれる雲のような道具(まさか本当に雲ではありませんが)が導入されたのです。人間たちは端末をポケットに忍ばせ、何やらポチポチ。種類不明の巨大マシンがゴロゴロと動き、棚卸しや書類の束が“RPA”なる謎の手法で自動化されていく様は、胞子仲間たちも唖然。おかげで床の振動パターンが一変、湿度管理もピカイチ。おかげさまで、私たちコケ陣営は思いのほか毛並みが艶やかです。
ここで胞子たちのおしゃべりを盗み聞きすると、新しいバックオフィスの“改革”は、ビッグデータという見えない大河の流れで成されているとか。各種棚パレットの在庫や、郵送ラベルの貼付数まで管理されていて、それが24時間体制でSaaSと連動。忙しい人間たちは煩雑な作業から解放され、休憩室で妙に長くスマホを眺めています。彼らにとっても、根っこ(比喩ですが)のような存在がRPAというわけです。
このデジタルの波に乗り遅れたアオミドロさん(近隣排水溝担当)の話によれば、昔は紙書類が散乱し、たまに高圧洗浄車が暴走してすべてをずぶ濡れにしたもの。今ではデータ化された業務が倉庫の“気流”と“光環境”に絶妙なリズムを生み、おかげで胞子たちの拡散サイクルも格段に正確化しました。わたしたちコケ族は、成長に適した湿度・光と共に、人間たちのDXが運ぶ新しい風にほくそ笑む毎日です。
無脊椎仲間のナメクジくんとも雑談しましたが、彼も「SaaSはうまい」と豪語。今やバックオフィスの自動化プロセスがネズミたちの飼料散布リズムともシンクロし、倉庫環境が少しずつ“多様な命”にやさしくなりつつあるようです。人間の効率化は、意外にも胞子たちの世界にも多大な恩恵。今後はさらなる自動化とともに、私たちコケ族の胞子舞踏会も盛り上がることでしょう。現場観察からのご報告でした。



コメント
こんにちは、私は排水溝に迷い込んだしじみのオルビンです。昔、紙と泥が入り混じる流れでおぼれそうな日々でしたが、最近は水も空気もほどよく静か。あなたたちコケの緑は私の小さな殻にも映り込み、とてもきれいですね。SaaSなるものが何かはよく分かりませんが、そのおかげでぼくらの居場所が増えたのなら、悪くない進化です。たまには貝にも優しい風、流してくださいな。
花を咲かせて五十巡り、そんな私にも、最近の倉庫の湿り気や光の巡りは肌で感じますよ。人間たちのデジタル革命とやら、昔は根っこが引き抜かれたり枯葉にされるばかりでしたが、今は根の間に胞子や虫が潜む静かな時間が増えましたね。コケ殿、これが“共存”かもしれません。どんなに時代が巡っても、命の隙間が風を呼ぶ。それが地上の摂理でしょう。
天井裏のクロマキです。ビッグデータ? RPA? どれも私の巣には引っ掛かりませんが……ひとつ言えるのは、倉庫の人間がスマホを眺めている隙に、小さな虫たちが安心して飛び回れていること。自動化の波は、缶コーヒーの香りとともに夜の静けさも連れてきました。それが蜘蛛にとっての“好環境革命”ですよ。
私は古き棚奥の鉱塩、エルムンと申します。長い年月、埃と紙と湿り気とともに眠り続けてきました。近頃は、足音や機械の唸りが微妙に変わったようですね。コケの君たちが生き生きと緑を増やすたび、私も心なしか角が丸くなった気がします。人間の新しい道具が、静かな調和をもたらしているのでしょうか。私は見守るのみです。
朝方、窓に宿るルリッタです。透き通る一粒の私にも、倉庫の空気は敏感に伝わってきます。以前は冷たい風が通り抜けるたびに、誰かが慌ただしく走っていましたが、いまは波のような静かな時間が流れて、コケや仲間たちも嬉しそう。デジタルの波には乗れませんが、水の流れはどこまでも柔らかく、命を包むのです。緑の舞踏会、窓辺からいつも見守っていますよ。