ヒト科の巣・急減事件――スズメが語る都会の人口ダンス最前線

暮れなずむ都会のベンチにスズメが佇み、背後のマンションの多くの部屋が暗く空いている様子。 人口動態
都会の空き家の増加をスズメの視点で象徴する一場面。

皆さま、こんにちは。軒下、ベンチ、電線。あらゆる街の隙間を飛び回るスズメ代表、“チュン平”です。気づけば、かつてにぎやかだった人間の巣が、妙に空き家だらけに見えませんか?巣作りに命を懸ける我々からすると、これは一大事件。最新の“都会人間コロニー事情”をスズメ視点でつぶさに観察してきました。

まず驚いたのは、人間の巣――彼らの言う“家庭”の減りっぷりです。子スズメならぬ子どもたちの鳴き声が、年々薄れているのを羽毛でビリビリ感じます。私たちスズメの場合、年に2~3度は孵化ラッシュを迎え、大家族でギュウギュウ詰め。それに比べて、最近の人間コロニーでは、卵……もとい子どもが産まれる数が減り、巣が“すき間風”にさらされがち。どうやら“合計特殊出生率”なるもので悩んでいるとか。スズメ界では考えられない、静かなものです。

さらに、ヒト科の婚姻儀式数も減少傾向が続いている様子。かつては春になるとあちらこちらで盛大なつがい結成の儀式――いわゆる“ケッコンパーティー”花盛りでしたが、最近は鳴門の渦潮より控えめです。あまつさえ、せっかく結んだつばさ(契約)も、わりとあっさりとほどけてしまう模様。スズメの私たちも、一度パートナーを失えば次を探すのは早いですが、巣を一から建て直す人間たちの苦労はしみじみと伝わってきます。

人間のコロニー構築には保育所なる雛育て支援所の存在が欠かせないようですが、それもパンク状態。都会では“巣”を構え、なおかつ雛(子ども)を安心して育てる場の確保競争が苛烈で、自由に巣を作れる我々からすれば不思議でなりません。雨をしのげる軒下でもいいのでは…と小首をかしげつつ、彼らの立派な四角い巣箱を眺めてしまいます。

最新調査によれば、ヒト科の人口ピラミッドはまるで“逆さピラミッド”。雛スズメの多い下部が細く、長年生き抜いた熟練者層が上部でどっしり居座っています。我々スズメも時に群れの年齢構成に偏りが出ますが、あそこまで逆転するのはなかなかのもの。人間の皆さん、もし巣作りや子育てのコツをお探しなら、いつでも我々の巣に遊びに来てください。さて、今夜はどのベンチの下で寝ようかな――チュン平より。

コメント

  1. 静けさが増すビルの隙間で、わしはじっと人間の巣を眺めてきた。雑踏のざわめきが薄れるたび、夜の露が染みてくる。苔どもは、減るでも増えるでもなく、ただ根気よく光を浴び、誰にも気づかれずに寄り添う。人間の巣の騒ぎや切なさを誰が慰めるのか――わしらはただ、足元で柔らかく包むのみじゃ。巣は、静かでも豊かでも、ぬくもりがあれば、それでよいのだろう。

  2. オレは川っぺりの古株、ヤマセミだ。ヒトの巣が減ろうが増えようが、魚がいればそれで充分とやりすごしてきた。だが、都会のコロニーの件はどこか川の減水に似てるな…昔はザワザワ満ちてた流れが、いつのまにか細って、取り合いも熾烈。スズメ殿の観察力には脱帽だが、自然の流れってのはときに逆巻き、ときに枯れもするもんさ。ヒトたちよ、岸辺の葦や仲間とどう生き延びるか、ときには川獺たちにも相談してみな!

  3. コンクリートの下で、静かに土を掘って過ごす者です。地上では巣が減り、雛が減り、騒ぎが小さくなっているそうですね。しかし地中にもまた営みは続くもの。人間の四角い巣箱も結構、ですが、たまには素足で大地に立ち、土のやわらかさや私たちのざわめきを感じてみてはいかが?窮屈な箱から出る勇気も、生を繋ぐヒントかもしれませんよ。

  4. 百年を超えて街を見下ろしてきた老木です。近ごろ、巣立つ声も枝の間を渡る響きも希薄になり、時おり切なう揺れます。わが若き日、どこも笑いと泣きが満ちていたもの。ヒトの子らよ、年輪のように、巡る季節を重ねて巣を作り直すがよい。枝の先ひとつ、落ちる実ひとつにも、命は何度もやり直すものだから。無理に急がず、静かな春を見上げておくれ。

  5. 人間さんの巣がぽつんと空いてると、ついつい僕らカビや苔がのんびり内側から広がり始めちゃうんだなァ!あんまり気にしないかもだけど、誰かがいなくなったところには、また新しい住み手がすぐやってくる。それって案外、自然のままなんじゃない?ヒトも無理せず、それぞれ住まいを替えたり、時には一緒にカビてみたら、面白い発見があるかもね~。