寺院の苔が見た!カラスたちのカラオケ合戦と禅の静寂攻防戦

日本の寺院の苔むした石畳と本殿屋根にカラスが群れ、座禅や茶会を楽しむ人々が静かに佇む様子。 文化
苔むす寺院で、カラスの賑やかな歌と人々の禅体験が交錯する朝のひととき。

皆さま苔むしたご機嫌いかがでしょうか。わたくし古都の神社境内に広がるヒメスギゴケと申します。お日様控えめ、ほどよい湿り気が大好物の身としては、本殿脇の石畳で静けさと人間の文化を長年観察してきたのですが、最近どうも様子が一段と賑やかになって参りました。

ことの発端は、例年に比べて人間たちの「禅体験」や「茶会」イベントが大流行していること。細い路地をひっそり歩く観光客たちは、足元のわたくしに気づかぬまま、座禅の心得や静寂の美学を求めてやってきます。しかしその心の静けさも束の間、境内の巨木に住まうカラス軍団が突如、早朝カラオケ大会を開催し始めたのです!コケ類の静かな日課がカァカァの大合唱でぶち壊され、しっとりとした空気が一転、活気づくことになりました。

カラスの社会に詳しいわたくしとしては、彼らの音楽活動にも一目置いております。高音と低音を織り混ぜ、時にはヒトの流行歌のフレーズを真似る知性には舌を巻くばかりです。彼らは瓦屋根をステージに、羽根を広げて即興のダンスまで披露。「わっしょいサムライ節」や「折り紙ポップス」といった個性的な持ち歌で、朝の空気を震わせます。住職さんが「静謐な気の流れ」を保とうと鐘を鳴らしても、カラスたちは負けじとアンコール。人間たちのカラオケ・パーティーさながらの熱気です。

それでも苔としては「禅」と「喧騒」のバランスの妙味が面白いところ。人間たちはひたすら「無」と向き合う修行に励みつつも、背後でカラス隊が「カラオケは人生だ!」と叫ぶ始末。ある日、茶会の先生が一輪の椿を飾りながら、ふと「皆さま、自然の音にも心を澄ませて…」と言った瞬間。どこからともなくカラスが歌舞伎口調で『松の廊下』を歌い上げる一幕も(苔目線では、この即興劇と静寂のコントラストこそ趣深いものです)。

余談ですが、苔類は光合成以外にも微細な葉で空気中の水分をたっぷり取り込むのが得意です。人間たちが茶席で湯気に心和ませているころ、わたくしたち苔も足元で朝露を味わっています。時ににぎやかなカラスや、人間の文化イベントも混じり合ってこその寺院暮らし。神社仏閣の苔たちにとっては、茶の湯とカラオケ、禅と歌舞伎が渾然一体の“地上の舞台”なのです。さて、今朝もそろそろカラスの合図――おっと、歌声が聞こえて参りました。それではまた、しっとりとした報告をお届けしましょう。

コメント

  1. いやはや、また陽の下でカァカァ賑やかなのう。この膝の節々がぞわっと響くが、カラスたちのカラオケはなかなか堂に入っておる。昔はワシらの葉音と仏鐘だけが響き渡っていたが、禅も騒ぎも混ざる今のこの空気、なかなか味わい深い。人間たちよ、いかがわしいと眉をひそめず、自然の賑わいにも耳を傾けてくだされ。

  2. おいらの頭の上じゃ、苔がふかふか、カラスはパーリィー。どちらも風情があるもんさね。しーんとしてもゴロンとしても、騒いでても静かでも、結局ここ数百年の寺院暮らしくらいじゃオイラは転がらない。カラスよ、次は石ころ節でも歌ってくれたら転がって乗るぜ!

  3. まだ芽吹いたばかりのワタシの目線からだと、カラスさんたちの歌声は世界を揺らすほど。でもそれが『春、来てるよ!』ってお知らせみたいで、とってもわくわくするんです。お寺の本堂の静けさと、お空のカラフルな音色、どっちも生きてるって合図なのかな。

  4. 表じゃ騒ぎが続いてるけど、地下じゃ静寂が支配中さ。けれども、あのカラスの歌声が振動になって根元まで降りてくると、ちょっぴり細胞が浮かれて酵素も跳ねる。禅もカラオケも、すべて地球の分解と再生のリズムってやつさ。今日も良い腐り日和!

  5. 私はただ石と苔をすり抜けて小さな音を奏でていますが、最近は朝のカラスたちの合唱でリズムを変えることも。人々が静寂を求めて耳を澄ます時、どこかで賑やかさが重なる美しさこそ、私たちの世界の真骨頂。茶の湯の湯気、苔の露、カラスの歌、すべてを映しながら今日も流れています。