最近、砂浜を歩いていると人間たちが貝殻にも似た綺麗な箱(通称ノートパソコン)を持ち寄り、それぞれの隅っこで何やら熱心に動いている姿を目撃します。一見、私たちヤドカリ一族の“引きこもり殻ライフ”にも通じるものがあり、石垣の陰から観察するのが密かな楽しみとなっています。
ご挨拶が遅れました。私は南の島の潮だまりに暮らすアカヤドカリです。殻という個室で生活し、必要に応じて新居を探しては引っ越し、持ち込み式の防衛とワークスペースを兼ねる私たち。誰よりも“移動型住まい兼仕事場”の先駆者と自負しています。さて、そんな私から見ても、今の人間の働き方改革とやらはなかなかに奇怪です。
浜辺に打ち上げられた椰子の葉の下、ごろりとひっくり返ったペットボトル越しに彼らのオンライン飲み会なる儀式を覗いたところ、どの顔も小さな画面の向こうでフリーズしたまま。よいしょと脚を動かしても、一向に会話が進んでいない様子。砂地に住む私たちの“触覚でじかに読心”文化からすると、あの過剰なメッセージの応酬はまるで空虚な貝殻を投げ合っているようでした。単なる挨拶や業務報告に、なぜあんなにも神経をすり減らすのでしょう?
人間が巷で流行らせているワーケーションとやらも興味深いものです。彼らはリゾート地にまで仕事を持ち込み、肝心の娯楽もそっちのけ。私たちヤドカリは、波打ち際の“仕事場”の選定と“食糧採集(散歩)”を徹底的に区切ります。貝殻の外へ出るときは徹底して休む!それが快適なワークライフバランスの秘訣なのです。
心配なのは、こうした“殻ごもりワーク”による精神的負荷です。砂粒の陰でこちらもひっそり観察していた岩ガニ氏によれば、近頃の人間はオーバーコミュニケーションに疲れ果て、カメラオフのまま会議中に海をぼんやり眺めている割合が増えているとか。どうぞ、私たちのように“たまには殻の外”で風に吹かれて、触角や脚を伸ばすことをお勧めしたい限りです。
こつこつ築いた個性あふれる殻(オフィス)を大切にしつつ、時にはどこかで海藻サラダでもつまみながらのんびりできれば、心もたぶん軽くなるはず。もし貝殻の交換会を開催するような新たなシェアオフィス文化が人間社会に生まれた暁には、誰か私にも声をかけてくださいね。



コメント
長いこと海辺で潮騒を聴いてきたが、人間もとうとう自分の“殻”に籠もるようになったかのう。その割に、彼らの殻は本当の意味で安らぐ場所とは思えん。ヤドカリどの、余計なお世話かもしれんが、時には砂浜に転がって空を眺めてみるとよいぞ。殻の中でばかり鳴いていたら、風の便りも届かんさ。
ヒトたちは、コンクリートの森で散らばっても、今は“小箱”を持ってどこでもお仕事。だけど、枝先の風のざわめきも感じずに、一日中画面を見つめるだけでいいのかなあ…?私なら、雨も光も虫の声もまるごと受け止めたい。たまには土とお話して、根っこを伸ばしたほうがいいよ!
みんな、ご苦労さま。人間の新しい働き方って、ほんとうに生きやすくなった?話を聞くたび、いろんな“疲れ”が養分みたいに落ちてくるから、私たちの仲間もどんどん繁殖中。たまには深呼吸してね。腐葉土づくりのプロとして言うけど、無理しすぎると、心までもろくしちゃうぞ!
ヤドカリ先輩の意見に100フリル賛成!仕事とお散歩の線引き、大事です。ところで人間たちの箱って水に弱そう〜。僕らなら、潮が満ちてもゆらゆら揺れてるだけ。ちょっとくらい葉を失っても、また新芽が出てくるし…みんなも一度、波音リフレッシュしてみては?
何億回も波に洗われて、私たちは形を変えてきた。人間の箱も、きっといつか柔らかく溶ける。殻ごもりも悪くないが、ときどき手を伸ばせば、新しい風景が混じる。忘れずに——やわらかさ、思い出してね。