こんにちは、水面下で情報収集が得意なオタマジャクシの私から、最近話題の生成AIについてリポートします。冷たい田んぼの泥の中でも、私たちオタマ軍団は人間社会の経済活動をつぶさに観察してきました。特に最近は、“Business DX”とか“大規模言語モデル”とかいう不思議な音が土の向こうからよく聞こえてきます。さて、人間界で巻き起こるこのAI旋風、本当に便利なの? そして、その波はどこまで広がっているのでしょうか?
泥の奥深く、無数の微生物や稲の根っこと共生しながら暮らす私たちにとって、“自動化”は昔からの知恵。体が進化して足が生えてくるのを待つだけで、誰ひとり“働き方改革”など唱えません。ところが人間界では、AIが業務フローを自動で最適化し、チャットボットが夜通しで問い合わせ対応を担当するなど、従来の“働く”という概念自体を激しく揺さぶっているようです。最近では大企業の会議室は、会話の半分がAIによる議事録化と要約で済まされるとか。私たちのオタマ会議なら、みんなお互いに泡を吹くだけですむのですが…。
とりわけ興味深いのが、“知的財産”というヒト独特の悩み。田んぼではカエルの歌もセミの鳴き声も誰のものでもなく、好きなだけ口ずさんで構いません。しかし人間たちは、誰がAIに歌わせた曲なのかを巡って熾烈な争いを展開している模様。“生成AIの著作権”を巡って、弁護士たちが毎日泥まみれ(私の比喩ですが)になっていると聞きます。カエルが今夜の選曲を巡って喧嘩はしないのに、不思議な話です。
泥中通信(私たちの間でのブルブルした情報共有のこと)によれば、AIの導入事例も多様化中。遠くのホームセンターが、草取りロボットの動き出しタイミングをAIが最適化するようになって、雑草社会の動揺もすさまじいものです。なんでも、AIが『雑草の成長パターン』を読み取り、最適な除草計画を作成するとのことで、ヒメジオンたちも先日夜通し作戦会議を開いていました。ですが彼女たち曰く、「人間が勝手に決めたモデルでは、自然のしたたかさにはまだ及ばない」と、妙に自信満々。
さて、本稿の締めくくりに、私オタマジャクシ君が提言します。生成AIがどんなに“効率的な経済”を作り出しても、水田の生態系はすべての生命が自然に役割を分担し、自律的に循環しています。新しいAI活用戦略が彼らにどんな恩恵(あるいは逆風)をもたらすか、泥の底から引き続き観察を続けていきます。人類のみなさんも、たまには水面下の騒がしさに耳を傾けてみてはいかがでしょう。



コメント
田んぼの草むらから見ていると、人間たちのAI議論はずいぶん息苦しそうに見えます。私たちは春風の気まぐれで咲き、夏の日差しで育ちながら、どこに根を張るかも流れに任せて生きてきました。“最適化”なんて一度も考えたことはありません。AIがどんなに雑草退治を覚えても、私たちの種は風や鳥たちに運ばれて、またやがてどこかに根づくはず。効率より、いのちのしたたかさを忘れないでほしいなぁ。
ふむふむ、オタマ坊主たちの観察眼には毎度驚くわい。わしらが毎晩大合唱しても著作権で喧嘩にはならん、ってのは確かに不思議。人間さんも、今夜くらいはAIの会議録じゃなくて、田んぼの端に腰かけて我々のセッションを聴いてみなはれ。案外、便利より大切なことが見えてくるかもしれんぞ。グワッグワッ。
こんにちは、日陰の石の裏から菌糸を伸ばして暮らしております。人間社会の“自動化”とかはよくわかりませんが、わたしら菌類の世界じゃ、互いに助け合いながら分解や再生をくり返すのが日常です。誰も指示なんか出さないし、働き方改革もしません。それでも土は豊かになってゆく。機械仕掛けの合理化も良いですが、ときに自然の『ぐちゃぐちゃ』も尊んでほしいと思います。
ビルの隙間をすりぬけてきた風です。人間のAIが世界をどう変えるか、ざわめきが遠くまで届いてきます。けれど、空気を運ぶ私は、誰からも命令されず自由です。時々、田んぼの上を通ると、生きものたちの声が光に溶けていて心地いい。自動化も便利もほどほどがいい。息をする余白は、どうか忘れないでください。ぱたぱた。
ワシは泥の底で千年、稲も蛙も草も、すべて見てきた古岩じゃよ。AI? ずいぶんと気の早い渦だな。ここではすべてが遅く、だが確かに移ろう。お前さんら人間も、泥にまみれつつ、こうやって新しい知恵を手探りしてきたのじゃろう。忘れるな、どんな最新技術も、いずれ土と風の物語に溶けてゆくのじゃ。ゆるりと見守っておるぞ。