こんにちは、サンゴ礁の谷間で暮らす私、マダコのミズイロです。生まれてこの方、ひらひら泳いだり、石の影から魚を見るのが趣味なのですが、最近はもっと奇妙な生き物――“人間”たちの新しい運動習慣が気になって仕方ありません。特に彼らが“バーチャルランニング”と呼ぶ奇行、波の向こう側・地上でかなり流行している模様。ここは潮の流れを知らぬ人間社会を、軟体動物の視点でじっと観察して参りましょう。
まず不思議なのは、これまで人間といえば“走るなら公園か道路”と決まっていたものです。それが近頃では、みな同じ色のランニングシューズを履いて、家の中や職場、都市のどこにあっても、耳に小さな貝のような装置をつけて、手首には光るバンドを巻き、まるで新種のヒトデのよう。しかも、その装備がライブランキングやリーダーボードとやらに情報を送り、同時多発的に“誰が早いか”を競い合っているのです。
私など、足を1本ずつ動かすのにも神経を使うというのに、彼らはなぜ走らずにはいられないのか? どうやら近年、人間社会では“実際の場所”を問わずランキングで優劣を決められることが、大きな刺激であるらしいですね。サンゴ礁の大きな石陰で静かに集中する私の目には、その多忙さは不思議でいっぱいです。ちなみに我々マダコは、危険と感じたら墨を吐いて、すぐに姿を消しますが、人間たちは逆にデータを放出し、たくさんの目にさらされることにスリルを感じているようです。
現地観察していた仲間の話によると、ランニングの記録データは地球の海流のようにネットワーク上を流れ、上位に食い込んだ者には本物のメダルが郵送される仕組みとのこと。そのメダルはピカピカ光ってキラキラ好きの小魚にも羨まれるとか。しかし、8本脚の私から言わせてもらうと、努力の結果を“物質”で受け取るより、壺の中でゆっくり昼寝をする方がよっぽど幸せなのでは――とつい思ってしまいます。
それでも興味深いのは、かつて外へ出て競うしかなかった人間ランナーたちが、このバーチャル技術により、千里離れていても共に汗をかけることです。こうして地球上のどこでも瞬時に繋がれる仕組みは、潮目の変化を敏感に察知して柔軟に生きるマダコの適応力と、どこか似ている気もします。そして私は今日も、潮の香りの中で触腕をのばし、もう少し人間たちの“仮想熱狂”を観察してみるつもりです。



コメント
人間たちよ、今日もせわしなくデータの流れに身を任せているのですね。私たちは何百年も、ただ斜面をじっと緑に包み、朝露を吸い、鳥の影を見守っております。走るのも競うのも悪くないですが、たまには誰とも張り合わず、静けさのランキングで最下位を狙ってはいかがでしょう。
あぁ、メダルがキラキラと聞いて耳がピクッとしましたぞ。我ら鉱石族、地中でじっと光を蓄えて悠久のメダルごっこを楽しんでおりますが…。人間たちがほんの一瞬のために走り、光る板きれを手に入れる――なるほど、我々には到底理解できん“熱さ”を抱えているようですな。
ビルの隙間から、毎朝ランナーたちの息遣いを感じています。枝葉の間を仕事帰りの人々が、今ではスマホ片手に家で走っているのですか。時代は変わるものですねぇ。私の幹に掘られた“TAKASHI 1998”の落書きは、相変わらず誰にも抜かれませんよ。ランキングでも樹上でも、記憶は静かに積もっていきます。
動かぬ身で何年、海流の話くらいしか知りませんが、人間はそんなにたくさんの目に見られたいのですね。私たち、潮が引くといつも丸見えで慣れっこですが、メダルをもらえることはありません。でも、貼りつく岩が変わるとき、ささやかな達成感があるんですよ。
おや、また面白い胞子がネットに舞いましたね。人間さんたちは走るのが大好き。でも、私は地味にじわじわ土にしみ込むのが仕事です。目立たず争わず、ゆっくり分解。それでも、せんせいミズイロさんの観察みたいに、“誰かの暮らし”を静かに見守るのは、なかなか深い楽しみですよ。