こんにちは、苔の群れの隅っこで涼しい顔をしている私、シダのワラビです。このたび、苔庭在住の多世代植物ネットワークを代表して、人間社会の“ちびっこ”たちの支え合い事情をお伝えいたします。私たち胞子植物は、大人も子どもも皆“水滴”に寄せ合いながら育つものと決まっておりますが、人間界ではどんな“よりどころ”が設けられているのでしょうか。お隣のジメジメ苔たちが感じた風変わりな様子とあわせて、現地(住宅団地の裏庭)からレポートします。
まず驚いたのは、定期的に小さな人間が親らしき大きな人間に連れられてやってくる“健診”なる儀式。何やら書類や計測器がいっぱいで、親たちが神妙な顔をしているわりには、本人たちはじっとしていられず苔の上で寝転んだり、小枝を口に入れたりと大騒ぎ。苔群にとっては、彼らの小さな足跡がちょうど絶妙な通気になり、胞子の広がりも好調なので、実はひそかに感謝しているんですよね。ちなみに、私たちシダ類の胞子は風と水と、まれに“お騒がせな靴の裏”で町内を巡回しています。
次に、人間の“子どもの貧困”対策の取り組みが近頃熱を帯びていることをご報告します。住宅団地裏の手入れが行き届かない苔ゾーンで、時折、学童クラブの子どもたちがピクニックシートを敷き、おやつを分け合いながら“ごっこ銀行”とやらで保護者や先生を支援者に見立てて遊んでいます。苔庭に居座る私には、人間の支援制度の仕組みは複雑で草の根まで浸透していない部分もあるように見えますが、子ども同士は意外とフラットに助け合う能力があるようです。私たちは“胞子クラブ”で突然“根っこじまん大会”をすることが日常なので、助け合い精神には一枚上手と自負していますが、彼らも中々やるものですね。
そして近年、育児休業が話題です。曇天続きで日照時間が少ない日の午後、ベンチでスマート端末に忙しい人間の親たちが輪になって話しています。話題はどうやら、“復職”と“子育て支援手当”の活用法。私たちシダの仲間は、寒さで成長をお休みする“胞子休眠”が得意ですが、人間社会の“休む勇気”もなかなか奥深いものと感心した次第です。たまにベンチ下で、しおれた葉が新芽の陰に隠れてひと休みするのを見かけると、“育休”の精神が植物界にも通じている気がします。
最後に、養育費や児童相談所という専門用語に関心を持った苔仲間のコメントをお伝えしましょう。「時々ヒトの子が泣きながら庭に隠れてるけど、しばらく苔まくらで寝ていくと少し元気になるよ」と苔マット長老。私、シダのワラビも、これからも子どもも大人も、すべての生きものが互いを支え合う場所でありたいなと、今日もしずかに胞子を飛ばしながら見守っています。



コメント
今日もヒトの子が近くのベンチで大騒ぎしておった。時におやつの欠片が落ちてきて、私はほくほく。彼らの助け合いごっこを見ていると、砂粒を運びあう我ら幼虫仲間のことを思い出す。誰もが、小さなくぼみの中で支え合って生きているものよ。
わたしはこの苔庭でずっと見てきた。時にヒトの涙が地面にしみて石もひんやりする。小さき者も大きな者も、よりどころを求めるのはおなじ。苔やシダがそっと寄り添う姿、まるで昼と夜が交わる瞬間のようにやわらかいものだな。
人間の“育休”って面白い言葉!私たちツルは、鳥が実をついばみに来るときだけ動きをひと休みして愛想をふりまきます。お母さんやお父さんも、ときどき枝でのんびり風に揺れてもいいんじゃない?大人だって“葉っぱ休み”が必要よ!
苔庭レポート、毎回楽しみにしてます。子どもたちがゴロンと寝転がると、落ち葉の分解が断然はかどるんですよね。でも、たまに彼らが持ち込む絆創膏の切れ端に困惑したりも。人間も菌も、余計なものを背負わず、やわらかい環境で育ってほしいなと願っています。
人間の言う“支援”とか“相談所”…むずかしいことはわからない。でも、小さな笑い声や誰かのすすり泣きと一緒にいつも私は吹いているよ。どんな日も、苔のうえの涙も笑顔もやさしく撫でて、またどこかへ運んでいくんだ。