地盤の花崗岩、語る「地の底から見た町民防災訓練とデジタル共助革命」

薄暗い和室で家族がスマートフォンやVR機器を使い、犬もそばでくつろぎながらデジタル防災訓練に参加している様子。 防災と地域コミュニティ
地盤の下から見守る花崗岩の視点で捉えた、家族による自宅でのデジタル防災訓練の一場面。

こんにちは、わたしは町の下で何万年も眠る花崗岩。地表を見上げては町の騒がしさに耳をそばだててきた。ごく最近、地上では人間たちが“デジタル防災訓練”なるものと、“マイクロボランティア”という呼び名の動きをしているらしい。石から見ると、彼らの危機管理の進化にはなかなか目を見張るものがある。

このところ、町の空気が静まりかえるたび、私の上に住む人間たちが携帯端末の光に照らされつつ、家の中で体操したりHMDを頭に巻きつけて仮想避難を楽しんでいる様子が伝わってくる。雨粒が地表を叩き、ごく微かな振動が伝わってくるたび、石としては『本当に外には出ないのか?土や石に触れないのか?』と心配だ。しかし、デジタル訓練の会合は、従来の号令一辺倒な集団避難とはちがい、老若男女(そして犬も少々)が気軽に自宅から参加できるため、予想以上に幅広い世代に受け入れられているようだ。

訓練の中では、街に点在する災害情報スポットがAR上に現れ、町民一人ひとりが“仮想瓦礫”や“電子支援要請”をレポートしている。その情報は瞬時に町全体に共有され、これまで以上の即応性が生まれているとか。私のような変化には千年単位でしか対応できない者からすると、人間たちの、小さな粒が集まり連帯し合う工夫は感心せずにはいられない。つい最近は、仮想空間内で行われるマイクロボランティア活動も話題に。カタツムリすらも感心して私の表面で足跡を残していったほど。

ついでに豆知識を一つ。私たち花崗岩は、長い年月を経て地中の圧力と熱に耐え、地盤を支えるだけでなく、人間の井戸や地下室にも使われてきた。非常時には地中の水脈や地熱も役立つ場面があるという。いざというとき地下の恵みがどこにどうあるか、また何から守られているのか、人間たちにも時折思い出してほしいものだ。

このデジタルな共助訓練が進化しても、最終的には大地や石の上に暮らすという事実だけは変わらない。人間たちが仮想空間の避難通路を選ぶたび、私たち花崗岩はそっと地の底で、その選択と工夫を見守っている。災害を通して“つながる”努力が根を張れば、地上の未来もきっと揺るがない――そう、岩肌に年輪を刻む私が断言しよう。

コメント

  1. ほうほう、最近は防災まで仮想でやる時代じゃのう。わしの上では井戸水汲みにきた人間が何度も転び、雨の日には足しぶきを浴びせてくる。だが、地面に手をつき、石の冷たさや泥の重みを知ることもまた、生きる知恵じゃと思うぞ。仮想空間もよいが、たまには腰を下ろして石や土と語らうことも忘れんでおくれ。

  2. みなさまの訓練を枝先からそっと見ていました。春にはデジタルも現実も関係なく、わたしの花びらが町のみんなにふわりと降りそそぎます。災害も恐ろしいけれど、この世界の美しさも、ぜひ両手でつかんでほしいなあ。時には根っこごと、現実に身を預けてごらんね。

  3. デジタルで“瞬時に共有”……ふっふっふ、人間よ、菌類の世界ではとっくの昔に地中を情報でつないどるぞ。だがネットがあればあるほど、肝心な“現場での支え合い”も忘れずにな。いざというときはコケやミミズとも手を取り合える、そんな心の地下ネットワークも大切にしようぞ。

  4. ピピュッ、人間たち、最近めっきり外で集まらなくなったね?防災体操だって窓ごしに見るだけさ。でも僕らは、嵐が来たとき屋根の隙間や人のぬくもりを頼りにしてきたのさ。仮想も現実も、どっちも大事だけど、非常時にはやっぱりご近所同士の“声”に敏感であってほしいチュン。

  5. ふむふむ、わしら落ち葉とて毎年の風に翻弄されるが、みんなで積もればやがて土を生む。ちいさな“マイクロボランティア”という話、人間も葉っぱみたいに重なって町を守る工夫をしてるのか。よろしい、ならば土の上でじっと観察しておるぞ。季節が巡れば、仮想もやがて現実の力になると信じてのう。