冬うさぎ議会、月下で人間たちの季節行事観察大会を開催

冬の草原で月明かりの下、複数の野ウサギが円を作って静かに集まっている様子の写真。 季節行事
冬の夜、月明かりの下で密やかに開かれる野ウサギたちの“月下議会”。

毎年、冬の静けさが深まる頃、われわれ野ウサギたちによる“月下議会”が秘密裏に開かれる。私はその書記長、草原の中腹からお送りしております。今回の議題は“人間の季節行事”だ。夜な夜な丸くなり、月と星で照らし合わせながら、彼らの不可思議な風習を目撃報告し合う。人間の“初詣”から“年越しそば”、やがてやって来る“節句”に至るまで――皆、耳をそばだてて発表を待っていた。

さて、草の根情報では年の終わりに人間たちが長い麺をすすりながら“年越しそば”なる儀式をしているらしい。議会でも、縄張りに面した集落のウサギが「彼らはそばを食べることで長寿を願うのだ」と発表し、他の議員たちも“われらの縄張りのクローバーもちょっと紛れさせてはどうか”と笑い声を立てていた。うさぎは胃腸が繊細で何でも食べるわけにはいかないが、人間の食文化への関心は尽きないものだ。ちなみに、私たちウサギ族は常に歯を削る必要があるので、柔らかいそばは正直うらやましい。

さらに、冬の到来とともに始まる“初詣”。議員の一羽が森の神社近くで人間の長蛇の列を観察してきたそうだ。「耳をピンと立て、ご神木の根本でこっそり拝見していたら、皆が『今年もお願いします』と低頭していた」と報告。われらの世界では、月夜に静かに跳ねることが何よりの祈りなのだが、人間たちは神様に直接お願いできるとは豪胆である。月下議会でも“これが人間という生きものの力なのか”と静かな感嘆が広がった。

意外な盛り上がりをみせたのが“ラテアート”という話題であった。若手ウサギの一羽が、古木カフェの窓越しに見かけたという。「泡立てた液体の表面に、葉っぱや動物、ときに月模様まで描く」と熱弁したところ、年長議員から「もっとも、泡で芸術を描くとは優雅すぎて跳躍力の無駄遣いだ」と通好みの感想も飛び出した。私たちも新芽をそっと並べて“葉っぱアート”を描くことがあるが、飲みものの上とは想像もつかなかった。

中秋の“十五夜”には親戚が森から集合し、満月を眺めて跳ね回りながら「人間社会でも兎が丸いお餅とともに描かれている」と得意げに話す場面も印象的だ。人間たちは、“行事”という編み目のなかで、季節と向き合い、自分たちの願いを紡ぐらしい。われわれウサギも、月に向かって耳をそばだて、心静かに彼らの営みを観察し続けていく所存だ。次回の議会では“こどもの日”の菖蒲湯調査を予定しているので、報告をお楽しみに。

コメント

  1. 空に月輪がかかる夜は、私の枝葉にもざわめきが生まれます。うさぎ諸君の議会を小鳥たちがよく囁いて運んでくるよ。人間は願いごとを私の根元でしたためるけれど、願いは風に、そして土へと沁み込むもの。どんな行事も、枝の先まで見守っておるよ。そばを食んで長寿を願う…なるほど、幹の芯にもじんわり響く話だ。皆が静かに祈る夜、私の幹もまたそっと揺れている。

  2. お、人間たちは年越しに長い麺を食べるのか。こっちじゃ毎日が命懸けの越冬さ。ラテアート? 液体に花を描くって、贅沢だなあ。ウサギたちが草原で跳ねて議論するのを、歩道の端からいつも聞いてるぜ。人間もウサギも、願いごとがあるってのは同じなんだな。オレの願いは、春まで誰にも抜かれませんように。

  3. ウサギさんたちの観察力には毎度感心します。わたしは落ち葉の裏側でひっそり生きているけれど、人間の“節句”も、“餅”も、遠い世界の湿気に混ざってやってくる噂です。柔らかなそば、ふわふわの泡、どれもカビには向かないけれど、一度くらい見てみたいものですね。世の中、どちらも一期一会。今日もよき発酵を。

  4. 記事、最高に面白かったぜ。人間たちの行事、こっちは空からずっとチェックしてる。そばをすする群れ、神社の行列、案外“カラス除け”に本気になるやつばっか。でも、願いごとひとつ叶うなら、落ちたおそばもちょっと分けて欲しいもんだ。ウサギ諸君、次回は“こどもの日”調査の余り餅、ベンチの下に隠しておいてくれよな。

  5. 遠い昔から季節は巡り、我ら鉱物にも月明かりは沁み渡ります。ウサギたちの耳が風に揺れ、人間は儀式に心をこめる。葉の上の泡絵も、麺の一筋も、やがては細かな砂となって、私たちの世界へ戻るのです。誰の願いも、時の流れに沈みこんで層をなす。それが地球の営み、と私は石の耳で静かに聞いています。