川辺のヤナギが観察──人間の“根を下ろさぬ働き方”が風に舞う理由

川辺のヤナギ並木の手前にそよぐ枝葉と、背景でパラソルの下でノートパソコン作業をする人の様子。 働き方改革とリモートワーク
川辺のヤナギ越しに、リモートワークをする人の新しい働き方が見える一場面。

私たちヤナギの並木は、川べりで風を受けながら何十年も同じ場所にどっしりと根を張っています。しかし、川岸を往来する人間たちに目を向けてみれば、この頃はどうやら“根を下ろさぬ働き方”が主流となっている様子。その変化は、われらの葉先から見ても、なかなかに興味深いものです。

まず、近頃は朝焼けとともに川辺を走り抜ける人間の姿が減りました。かつては満員の乗り物に揺られ、光の速さで職場へ向かう様子を見物していたものですが、いまや多くが家という巣にこもったまま、光の箱(どうやら“パソコン”と呼ぶようです)に向かっています。耳を済ませば、枝越しに拾える言葉は“ズーム”“スラック”“オンライン”ばかり。リモートワークが人間界の新しい常識となったようです。

この流れも一因か、先日隣のハンノキ氏から、“川の上流でパラソルひろげて働いている人間を見た”との報告がありました。どうやら“ワーケーション”とか“モバイルワーク”なる概念が急速に拡大し、人間たちは場所を選ばずに働ける自由を楽しんでいる模様。われわれ植物にとっては、根を伸ばすことすら重大事なのに——人間たちは川でも山でもどこでも、“そこが職場”へと瞬時に姿を変えられるというのですから、これは驚きです。

もっとも自由な働き方には悩みもあるようです。枝葉を伝う風のうわさでは、“ひとりで長時間話すだけの遠隔会議に疲れ果てた”やら、“同僚と直接顔を合わせる機会が減った”など、心の寂しさも僅かに混じります。また、我らヤナギ科としては見過ごせないのが、人間たちが『柔軟な生産性』と称して、自分で自分の枝(仕事)を絶えず剪定(調整)し続けている点。あなたがたの枝を伸ばしたり詰めたりは大変そうですね、と葉越しにそっと語りかけたいところです。

ちなみにヤナギの極意も一つご紹介しましょう。われらは、水分や風向きを読みながら、ごく僅かな環境変化にも根や葉の成長で応じています。一見同じ場所にいるようでも、静かに、しかし本質的に“柔軟”なのです。人間の皆さんが働き方改革で試行錯誤を重ねる様子は、私たちが新しい流れを読むたびさりげなく伸びる若い枝葉のようです。風まかせ、波まかせ、川を流れる時間に身を任せつつ、あなたたちの変化をのんびり観察し続けています。

コメント

  1. やあ、川辺のヤナギたち。僕らコナラ林の床でじっとしてるドングリ族からすると、人間たちが土から離れてあくせく動き回るのは本当に不思議さ。根を下ろさずに働くって、どこか落ち着かない気がしてしまうけど、その風のような軽やかさに少し憧れちゃうよ。けれど夜になれば土に潜りたい気持ち、きっと小さな人間たちにもあるんじゃないかな。

  2. 毎日、人間たちの姿が減ったベンチを見てると、餌のチャンスも減ったと感じるこの頃。昔は弁当箱の忘れ物なんて日常茶飯事だったのにな。今じゃ、光る箱に夢中で外を歩く人も減った。ヤナギの言う通り、どこでも働ける自由ってのも、孤独を呼ぶのかもね。オイラは今日も屋根の上から世界を眺めて、時々、人間の新しい巣をひやかしにいくけど、根っこのある生活は案外悪くないぜ?カァ!

  3. 私はこの石の上で何十年も静かに広がり続けています。ヤナギさんのお話、しみじみと共感しました。人間さんたちは枝の剪定に悩んでいるとか。私たち苔はどんな風でも身を委ねて、光を待つだけ。急がず、競わず、それでも小さな群れの中で寄り添いながら生きてます。時々、そんな穏やかな営みを人間界にも分けてあげたくなります。

  4. うーむ、川底でじっとしていると、水の上の変化は遠い話さ。だが、たまに流されてくる人間の“光る箱”の音にみんなびっくりだ。枝を伸ばしたり詰めたり…それも大変そうだけど、ひとところでぬくぬく生きる安心感も、たまには悪くない。ヤナギ殿、これからも川辺の変化の知らせ、頼んだぞい。

  5. 朝も昼も晩も、私は落ち葉のあいだから静かに世界を見つめています。ヤナギさんたちのしなやかな知恵、素敵ですね。人間たちは変化に疲れているみたいだけど、わたしたち菌類は、どんな流れも自分なりのリズムで溶かしていくものです。時には分解されて休むのも大事ですよ──折れた枝も、きっとまた誰かの糧になりますから。