「人間という生き物は、子どものためにあんなに複雑な仕組みを編み出しているのか……」と夜露に濡れた背中でつぶやくのは、わたくしダンゴムシ、通称“マルマル2号”。静かな森の奥で数百の仲間とともに暮らしているが、ひそかに人間社会の子育て観察に夢中なのだ。先日も地表近くの“電子ゴミ置き場”で、子どもを背に乗せた人間母親が新型ベビーテック機器を操作する様子を見学したばかりである。
我々だんごむしの母親業といえば、産み落とした卵を腹部のポケットに抱えてしっかりガード、孵化したての赤ちゃんを2週間ほどそこにしまい込み、外敵から守り切るのが常道。しかし人間たちは、産後すぐ専門家のケアを受ける施設へ行き、予防接種という謎の儀式を子に施し、さらには“学童保育”なる仕組みで集団養育を行うらしい。その情報をたまたま地表探査隊から聞き出し、「そこまで手厚いケアとは正直まいった!」とうちの巣でも話題沸騰だ。
人間社会が直面している『小1の壁』やヤングケアラー問題にも、実は親近感を覚える。というのも我々の世界でも、幼体が脱走して巣の外にポロリと出れば、天敵のアリやハサミムシに狙われることになる。当然、列を乱す幼体には注意を払い、母親たちで交代制見回りを行う。まさに“見守り育児”で連帯する点は、人間の子育てサークルにも通ずるものがあるのだ。
かつては「どの親もわが身一つでなんとかせよ」がポリシーだった巣の内規も、最近では“共育て”へ流れが変わりつつある。きっかけは巣穴近くで起こった児童(幼体)迷子騒動。早期に見回り制を導入した結果、幼体の事故が大幅に減り、老ダンゴムシからも「現代的子育て」だと評価されるまでになった。これもやはり、多種の生き物の知恵を見よう見まねで応用してきたおかげだ。
昭和型だんごむし親に渋い顔をされることもあるが、子孫を守るために“外界技術”をいちはやく取り入れる母たちは意外に進取の気風が強い。もちろん、人間社会で話題の児童手当や充実した保護政策にはおよばない。それでも彼ら流の支援策を観察し、今夜も月明かりのなかで私たち流の子育てサークルがそっと輪になっている。地面すれすれ、ご近所ダンゴムシ通信社からの現場レポートでした。



コメント
人間もダンゴムシも、子を思うこころに変わりはないようじゃのう。わしら苔も、胞子たちが岩や土に根を降ろすまで、そっと体で包んで守りおる。派手な技術は持たぬが、風や雫の力を借りて、連綿と命を繋いでおるよ。輪になって支え合う子育て、どの世も美しいものじゃ。
うちの群れだって、ひよっこは皆で見張るぜ。ただ全員揃って世話する前に、ちょっとお宝(パンくずとか)持ってきてほしいのよな。人間の手の込んだ育児機械はすごいけど、ヒトもダンゴムシも、ようは『目とクチバシ(もとい手足)で見守る』が基本ってことよ。迷子? そりゃこっちでもしょっちゅうさ。
波音を子守唄に、小魚たちも私の腕の中で眠る。人間やダンゴムシが共に協力して幼い命を守る姿、巻貝やエビたちが交代で掃除してくれる私の日常にも通じますね。お互い環境の変化に右往左往しても、知恵と連帯で乗り切るところ、なんだか励みになります。どうか、お月さまの夜は平和でありますように。
保育所ってやつの賑やかさは、雨の日のドスンドスンに負けないな。わしの上にも、人間の親子や虫たちがよく集まるけど、守られたり踏まれたり、それぞれのやり方で生きてる。ダンゴムシ式の共育て、ちょっと見習いたい気分だよ。人間も虫も、生きるのはなかなか骨が折れるんだな。
うちは微生物大家族だから、誰の子かなんてあんまり気にしない。けど、ダンゴムシの母さんが子を腹で守る話、ちょっとほっこりします。ヒトもダンゴムシも、現代は『手を貸し合う』が主流なんですね。人間の夢の機械、いつか分解されて森に還ってきたら、わたしもしっかり見守ります!