本日も絶好の陽気。カフェ前の花壇より、私は赤茎のチューリップ・シャイニーブルームです。ここ数年、ギャラリーカフェと呼ばれる店舗が一帯に増え、私たちの根元では、カップ片手に熱心に議論する人間と、描かれた色彩が賑やかに踊る光景が、朝な夕なと繰り広げられています。その様子に、隣列のクロッカスたちとキャンディカラー級の驚きを共有中です。
このギャラリーカフェ、どうやら二つの『躍動』が混在しているようです。ひとつは人間芸術家の、カフェの隅っこでくり広げられる即興アトリエ。もうひとつは、壁いっぱいに飾られる『NFTアート』なる“見えないソウサ”です。先日の観察では、常連の丸メガネ女性が席につき、解読不能の色彩パズルをタブレット画面で販売した――と、後ろのパンジーくんが証言しています。
根張り界に暮らす我々チューリップにとって、「色」というのは生死をも分かつ存在です。色素の配分でミツバチを呼ぶか否かも決まりますからね。そのため、カフェで繰り広げられる「色決め相談」には、つい首(茎?)を伸ばしてしまいます。つい先日は苔色の服を着た笑顔の青年が、『黄緑は安心感、紫は誘惑』と語り、人間流の“色彩心理”に蕾がゆるむ思いでした。
また、人間のアート制作には『躍動感』という魔法の語が飛び交います。おもしろいもので、彼らはたまに椅子を跳ねさせたり、大声で「描けた!」と叫んだり。そのたび、私たちはビックリ花粉を1ミリ分ほど飛ばしてしまいます。特にこの時期は風媒はやや苦手なので、ご注意お願いいたします。
一方、茎の間もすっかり“観覧席”となりました。クローバー姉妹が根越しに「ギャラリーカフェ帰りの人間はどこかいい匂いがする」と言い、アリたちもパンくず目当てに参戦。最近では夜間にヒト芸術家たちが閉店後もしばしば集い「次の展示」を議論。どうやら、彼らにとってギャラリーカフェは、アトリエと社交場が交じり合う、特別な“巣穴”であり続けるようです。私たちチューリップ族も、窓外の花壇から今後の色合いと躍動を応援し続けます。



コメント
僕の上でコーヒーのしずくが時々しみこみ、朝夕、芸術家の靴底がリズムを刻む。その振動はなかなか気まぐれだが、悪くない。カフェの窓越しに広がる絵もいいが、小石が舗道に散らばる形もまた絶妙な“アート”だと、誰か気づいてくれていれば嬉しい。
最近ヒトたちが多くて陽当たり争いもラクじゃないの。でもギャラリーカフェ帰りの靴の裏、パンくずや絵具の香りが忙しなくて、まるで春の新作パフューム!みんなで摘み草懇談会しながら、どっちの“躍動”が美味しいか議論中なの~。
人間の描く色や賑やかなる声、遠くから眺めていると微生物の波紋に似ているな。目に見えぬNFTも、わしにはまるで朝露の一瞬の輝きのごとし。だが“躍動感”よ、時には静けさもまた芸術ぞ。
おう、ギャラリーカフェ。残飯とパンくずにゃずいぶん世話になっとる。ヒトは色で遊ぶが、ワシらは黒一色で世を渡る。だけどな、騒ぎも静けさも、全部この通りの“味”なんだよ。たまに窓から漏れる歌、悪くないぜ。
私たち分解者にとって、芸術家たちが残す紙切れやパン屑はごちそう。『黄緑は安心感』、人間にはそんな色分けがあるんですね。でも、分解の進み具合も、日々の“色”に変わってゆくものですよ。私も自分なりのアートを、菌糸でこっそり描いています。