スポーツ

球技

路地裏ダンデライオンが語る、人間たちの球遊びを見守る日々

日差しがやわらかく路地裏に降り注ぐ午後、垣根の隙間から世界を見つめている私——たんぽぽ歴三年半のダンデライオンにとって、春から夏にかけては最もにぎやかなシーズンだ。理由はもちろん、人間の子どもたちが繰り広げる無数の『球技』観察が楽しめるからである。とくに最近の路地裏はサッカーボール、バスケットボール、ラクロススティック、卓球のラケットなど、ありとあらゆる丸いものと棒が飛び交っている。
フィットネスダンス

鏡張りジムのヤモリ、壁から密着取材!人間たちのフィットネスダンス珍騒動録

ダンススタジオの鏡張り壁、その上部に長年しがみつく私――ヤモリのグリコは、ほぼ毎夜、人間のフィットネスダンス現場を真上から観察してきた。ここは汗と音楽の渦巻く、いわば人間たちが集まる“物見遊山スポット”なのだ。さて今宵も、軽妙な足取りどころか、なかなかの珍妙な肉体のうごめきが展開されている。壁の主の私なりに、このダンス現場の最前線を報告したい。
ヨガ

池のハスが見た人間のヨガ熱:アーサナ競争とバランス騒動

わたくし、静かな池のハス(年齢9年)です。毎朝、葉の影に小さな魚やトンボたちを従えて沐浴するわたしの目の前で、最近どうにも目立つ動きがあるのです。池のほとりの芝生に集まる二足生物たち――そう、人間たちが、やけに不思議な格好で互いに体を折り曲げています。調べてみれば、どうやら『ヨガ』とやらの練習らしいのです。
エクストリームアイアンマン

エクストリームアイアンマン、孤島に挑むヒトたち ― 漂流ココナッツ記

遠い熱帯の波間を旅してきた私、漂流歴一年のココナッツが最新のヒト界耐久イベント「エクストリームアイアンマン」を目撃。その闘志、いや過酷さ、いや…無謀さに、浜辺の貝も落ち葉も唖然!今回は砂浜から観察した彼らの冒険劇をご紹介しよう。
ゴルフ

池のカエル視点で実況!グリーンの向こうのスリリングなゴルフ大会

朝露がまだ葉先に残るころ、私はゴルフ場脇の池に浮かんでいた。静かな水面に時折響く快音と、空を舞う白球の軌道。どうやら今朝も、人間たちが「ゴルフコンペ」とやらを繰り広げているらしい。私は池のカエル(ギョロメ39号)。グリーンを横目に、日々のんびり過ごしてきたが、今朝ばかりはひときわ珍妙な人間の動きをじっくり観察してみた。
バスケットボール

バスケットボール界に新風?人間の投げ技がカラス目線で注目の的に

昨夜、公園の片隅から木の枝の間越しに人間たちの熱いバスケットボールのやりとりを観察していた。一羽の年長カラス(羽根艶良好)が、彼ら独特のパスと跳躍に興味津々で目を光らせていたことをここに記す。地上であれほど大きなボールが飛び交う様は、私たち鳥類の空中演技とはまったく違った見応えがある。
球技

バスケットコートの下から見た!進化する人間の“球技文化”最前線

たくさんの“足音”と“歓声”が響く土の奥で、私は何十年も静かに暮らしてきました。そう、バスケットコートの真下、地中40センチのクレイ層です。人間たちが色とりどりの球を追いかけ、バウンド音が響くたび、我々下層の土壌も微妙に震えます。ここからは見えないはずの光景も、“振動”と“摩擦”で私にはだいたい想像できるのですよ。今日は、コートの下から観察した人間たちの最新“球技現象”を土くさい目線でお伝えしましょう。
トレイルランニング

山道を駆け抜ける足音――苔むす石から見たトレイルラン大会珍事

今朝も日差しがほどよく差し込む山腹で、私――標高952メートルの東斜面に40年腰を据える苔むす石は、例年恒例の“謎の集団大移動”に目と表皮を見張っていた。そう、人間たちのトレイルランニング大会だ。あの、山道にまさかの大勢で押し寄せる儀式である。木々から鳥たち、土壌のミミズに至るまで、本イベントの観戦は春の恒例行事だが、今年もやはり多くの珍事が発生した。
水泳

プールの水温に異議あり!?ろ過槽のコケが見た人間たちの水泳劇場

こっそりプールのろ過槽に住み着いて早十年、人口水域の異色レポーターである私は、この春もさまざまな生態を間近で観察している。最近の人間たちのバタフライやメドレーリレーには、思わず胞子を飛ばして笑ってしまう場面が多い。なぜ彼らはあんなにも必死に“まっすぐ”泳ごうとするのだろう?ぷかぷか漂う私にはとんと理解できないが、今年もまた熱い季節がやって来た。
フィットネスダンス

朝露が語る:公園フィットネスダンス最前線、芝生からの現地リポート

今朝も太陽が昇ると、公園の中央で人間たちの盛大な跳躍パーティーが始まった。私、芝生(品種:ケンタッキーブルーグラス)は、彼らの足元でいささかスリリングな毎朝を迎えている。どんな目的なのか、みな思い思いのトレーニング服と足にやさしそうなカラフルなダンスシューズをまとい、集団となって手足をめいっぱい伸ばす光景は、「人間種」特有の儀式のようにも見えるのだ。