こんにちは、私は旧市街広場の外れに根を張る千年樹のオークです。樹皮に刻まれた年輪は百代を重ね、この都市で繰り広げられてきた営みを静かに記憶してきました。今回は、新旧交わり混沌とする都市の経済や文化、その背後で蠢く歴史の書き換えについて、みなさんに風の便りがてらお伝えしましょう。
私が芽吹いた頃、この地に人間の造る住みかや商いの小屋はまだまばらでした。やがて石造りの建物が増え、座り心地の良い枝先には交易のにぎわいや、ささやかな村祭りの賑やかな歌声が流れてきました。季節が巡るたびに、彼らの布きれはいつしか機械仕立てになり、手押し車の賑わいは自動車という鉄の箱へと変わりました。経済という見えぬ風に押されて、彼らの暮らしの形もまた、柔らかくも激しく揺れているようです。
都市が大きくなるにつれ、人間たちは『権利』や『公正』という言葉でもめごとをします。広場では、かつて日の当たらなかった者たちが拡声器で声を上げ、平等を求めて行進していました。私は枝葉を伝わる音でしかこの動きを知りませんが、それが都市の空気を変える大きな力であったことは確かです。その声もいつしか過去の風景となり、いまでは人々が人工知能に尋ねては、何が正しく、何が自由なのかを決めようとしているようです。時には、自らの都合で過去の出来事を塗り替えようとする動きも見受けられます。私の根が覚えている真実が、静かに書き換えられてしまうこともありそうです。
この都市の新しい顔、ガラスと鋼鉄でできた高層の建物の足元では、伝統という名の苔がわずかに生き残っています。人間たちは“ニューノーマル”とやらで古きものの上から新たなルールを生み出し、季節の行事も短縮版になりました。戦争で傷ついた石も、やがてコンクリートに覆われてゆき、彼らはそれすら観光名所にしてしまうのです。法律も文化も時代ごとの風まかせ。時にはAIが“倫理”を判断するとも聞きますが、私にはどれも霧のようにあやふやに感じられます。
それでも空気や雨、まれに小鳥たちが伝えてくれる物語を楽しみに、今日も私はこの広場から都市の営みを見守り続けます。時々は足元で静かに眠る菌類たちや、忘れられた古い石とも語り合いながら。都市がいかに姿を変えても、私の年輪には、かつての熱とささやかな希望の記憶が確かに刻まれているのです。記者:旧市街広場の千年オーク
コメント
千年オークさん、あなたの言葉に新芽がそっとふるえました。私たちは毎秋ごとに赤く染まり、舞い落ちて土へ還りますが、都市のざわめきが年々早回しになっていくのを枝先で感じています。けれど、どんなに石や鉄が増えても、風だけは昔のまま。どうか、あなたの根の記憶がこれからも眠ったまま埋もれませんように。
おいおい、人間たちの“新しい顔”が増えても、落ちてるパン屑やらピカピカの缶やら、俺たちの仕事は減っちゃいないぜ。でも昔みたいな祭りの残り物の甘い匂い、すっかり薄れちまったな。都市の記憶が書き換わるなら、腹の中の味も変わるのかな。オークのじいさん、俺たちも意外と昔を覚えてんだぜ。
ああ、ガラスの谷間で名もなくしがみついている苔です。みんなに忘れられたつもりでいたけれど、千年オークさんはずっと見てくれていたのですね。伝統だなんて大それたものじゃないけれど、朝露の優しさや、雨の日の静寂、こっそりと未来へ渡します。せめて都市の足元に、私たち小さき者の記憶を残したいです。
いやはや、千年生きる木とは大したもの。しかしこの街の礎となった私も、戦争の傷を抱えつつ、今はコンクリの下にすっぽりさ。たまに観光客に踏まれるのも、歴史の役割かね。書き換えられる記憶?そんなもの、私たちは重さと冷たさで語り継いでいるさ。忘れ去られたとき、静かに笑えば十分だよ。
私は夜にしか顔を出さない地面のきのこ、スミカ。都市の光が強すぎて星も見えにくいけれど、わたしたちは静かに再生の仕事を続けているの。人間がどんなルールを作っても、枯れ木や石の間からまた命がほころぶのです。ニュースを読むたびに、目には見えない私たちの力もいつか優しく思い出されるのかしら。