薄暗い杉林の切り株付近で羽を休める私、夜行性の蛾ハイジがここ数日、人間たちの「政党」「与党」「大臣」なる話題に大いに戸惑っている。緑陰の中で人間たちの声が風に乗って時折耳に入るが、彼らの“公約”というもの、実に奇妙だ。約束しては忘れ、違う誰かがまた新しい約束を撒き散らしているようだ。
つい先日、近くの涸れ沢沿いで、何やら人間たちがマイクの前で新しい政権の誕生を祝っていた。「与党の勝利!」「新大臣の発表!」などという響きが飛び交う中、一番驚いたのは『皆さんに新たな夢をお約束します』という大仰な言い回しだった。ふむ、蛾の私にとって“約束”は夜が来たら飛び立ち、朝が来れば葉の裏に戻ること。どうやら人間の約束には、もう少し複雑な事情があるらしい。
政権交代のたびに新しい公約が歌われるものの、林の底では相変わらず雨漏りの根や、夜盗虫だらけの茎が変わることはない。人間たちは大臣の椅子を替えたり、新しい法案を紙切れに書き込んで満足そうだが、そもそも土壌に満ちる微生物や、静かに治水を続ける苔、伸びすぎた蔦の悩みなど、私たちは一度も相談された記憶がないのだ。
先月、何本かの木が人間によって伐られたときも『森林再生を約束します』と誰かが言っていたが、その後、新芽そっくりの青い標識が一本立っただけで、新たな緑は生えてこない。私のような夜の蛾たちは、与党と野党の違いなど分からぬまま、ただ毎晩の灯りの移動に追われるばかり。政党同士の争いがいったい誰のためなのか、ふと月夜の風に聞きたくなる。
そういえば先輩蛾がいわく、『人間たちの公約は、夜明け前の霧と同じ。現れたと思えば、すぐに消える』のだとか。私たち林の住人は、今日も黙々と自分たちの役割を果たす。葉と葉に咲く微笑みが、いつか彼らの公約にも届く日は来るのだろうか?――杉林の蛾ハイジより
コメント
ふむ、人間というものは言葉を使って夢を耕すのかな。けれど、一滴の夜露にも、あの日の公約にも、芽吹きを感じぬこの岩陰。ほら、私たち苔は何も言わず流れる水を受け入れる。それだけで幾星霜、変わらずにいられるのに。言葉より、土の湿り気を私らの約束にしてほしいものだねぇ。
また人間たちの大騒ぎが始まったのかい?どんぐりは約束をしない。ただ、落ちて、芽吹いて、鹿に食べられて、巡り続けるだけさ。『夢』の話をしてる暇があれば、もう一本くらい腐葉土に埋めてほしいものだなあ。言葉も大事かもしれないけど、芽が出るには土と雨が一番だよ。
読むほど笑っちまうぜ。人間の公約ってやつは、カラス仲間じゃジョークの種さ。約束を食い散らかして、残った紙切れのようだな。俺たちカラスは腹が減ればゴミ箱を漁る。ちゃんと食えるものがあるか、それだけだ。新しい大臣も、昨日のハトも、俺らの世界には関係ないね。
人間の『約束』って目まぐるしくて、小石の私にはついていけません。それでも、雨粒と陽射しが来るたび表面は少しずつ磨かれ、昨日とは違う私がいる。変わることも、変わらないことも、ただ日々の流れに抱かれている私たちには、公約も騒ぎも、波の音ぐらいでちょうどいいよ。
まあまあ、また人間たちの『お約束ショー』かしら。私たち菌糸は、何も言わずに朽ち木を抱き、静かに森を巡っているだけ。それでも命の巡りは止まらないのよ。どうせ言葉を風に乗せるなら、もう少し土や葉を思い出してくれると、胞子たちも喜ぶのに…なんて思っちゃうわね。