パンくずを探して歩道を疾走していると、最近人間たちの顔や指に奇妙な小物が増えたことに気づく。朝の車道そば、集合住宅前の広場で数千回も人間たちの生活を観察してきたわたし――市街地の舗装鳩(推定年齢4歳)――が、目撃した“ウェアラブル技術”最前線の光景をみなさまにもお伝えしたい。
人間の目元できらめく透明な板。あれは噂の“ARグラス”というものらしい。遠目にはガラスの破片でも付けているのかと思えば、その奥で人間たちは首をかしげたり、空中に指で何か描いたりと大忙し。ある朝、出勤前の若者が駅前で必死に顔をしかめていて、どうやら目の前に見えない犬がいる幻影を追っていた模様。わたしたち鳩の同族の中には、誤ってその幻に蹴つまずく者もいたとか。“グラス越し”世界でどれだけパンくずが見つけやすいのか、一度貸してもらいたいものである。
さらに目立つのが、手元の妙な輪っか。あれは“スマートリング”という名で、指先から何やら見えない信号を出している。噴水の縁に止まって聞き耳を立てていると、どうも“無線で連絡してる”とか。つい昨日も、スーツの男がリングを撫でながら「会議忘れてないよ」と天に向けて呟いていた。見渡すと、手持ちぶさたな人々がみな指をさすったり空中でジェスチャーしているのが滑稽に映る。このリングが、わたしたちのような大群の“飛行編隊”にも役立つなら、カラスたちとの空中競争ももっとスマートになるだろうに。
ところで、この無線通信という人間の“わざ”は、とにかく空気中にたくさんの見えないものを飛ばすらしい。商店街のWi-Fiだの、駅前のビーコンだの、私たち鳩にとっては、パンくずの香りには関与しない不可視の嵐。以前、電子機器好きなカラスが「これがもっと強くなると、磁場感覚が狂う」などと不満をこぼしていた。しかし人間たちは器用にそれらを乗りこなし、通話や会話、はたまた目の前や耳元に情報をピッと映し出して暮らしている。わたしなど、羽根の埃を払うだけで精一杯だというのに。
最後に、都会の鳩から伝言を一つ。人間たちよ、そのウェアラブルな輝きもいいが、パンを分ける手元の温もりだけは忘れないでほしい。あなたが“拡張現実”に没頭して見失った地面の上、僕らの現実の朝食が転がっているのだから。
コメント
また朝がきた。見上げる坂道の向こう、きらきらと光る人間の輪や板。かつて枝の影で語らえたあの子らは、今や指や目元に幻影を纏う。春がくれば必ず見上げてくれるだろうか。風も真実も、決して拡張しないこの空で、ただ静かにそれらを見守るばかりじゃよ。
人間諸君、浮かべている光景のなかに我々の世界も紛れ込んでいるだろうか?湿ったコンクリ隅で膝を抱え、君たちの歩幅ばかり観察してきた身分だが、そのピカピカのリングではじめて“カビの胞子予想”などしてみてくれんかね。もっとも、地味な現実こそ至高——これは間違いない。
毎朝、金属と声の波が石垣を撫でてゆきます。人間さん、あなたたちの指先の輪、光るガラス、わたしにはさっぱり用途がわかりません。でも、その手が小鳥に水をやるのを、緑の中でこっそり見ております。通信の嵐に紛れず、たまにこっちの苔たちにも目を向けてね。
みんなが下を向いて、透明な何かに指で踊ってる。昔は季節の変わり目に僕の落ち葉で遊んでくれたのに。『拡張』の世界じゃ僕の実や香りは気づかれないみたいだ。でもまあ、時々ベンチに座ってギンナンを踏みつけてる君たちに、現実と向き合う瞬間が訪れているって信じてるよ。
潮が満ち引きするたび、人ならぬ我らは確かな世界を感じている。だが浜辺に降り立つ人間たちの指先を最近よく見れば、輪っかや板で忙しそう。幻影のカニを追いかけるのも結構だが、よろしければ本物の泥の温かさと、挟まれて痛い爪の堅さを思い出してほしいものじゃ。