山小屋? 山泊? 高山苔が密着した“人間キャンパー騒動”最前線

高山の岩のひだに群生する苔の手前を、泥が付いた登山靴がそっと踏み出そうとする様子の接写写真。 登山
苔の目線で見た、登山者の靴がそばを横切る高山の朝のひととき。

わたくし、標高2478メートルの岩のひだに群生する高山性の苔です。夏の夜露でぷるぷる潤い、昼は登山者の大きな足音防音要員。ところが、今季私たちの休息地がなにやら妙な騒がしさ――そう、外来生物“人間”の大群が、わざわざ山頂で寝泊まりする流行が再燃している模様。平穏なわが身に降りかかる、現場密着の一夜をお伝えします。

ある日、いつもの通り岩陰で光合成を楽しんでいた私たち苔コミュニティに、ふいに鮮やかな「登山靴」が500グラムの泥ごと踏み込んできました。靴底パターンを識別すると、長距離移動型のトレッキングタイプ。これが人間流“頂上アタック”の準備らしく、陽も落ちきらぬうちから大きなリュックを背負った群れが山頂へと押し寄せてくるのです。寝床設営開始、そして各自お手製のシートやテントの下で慣れぬ山泊。私たちの頭上数センチを、銀色のペグや軽量化マットが行き交います――どうやら「山小屋の予約がいっぱいだった」らしいとの情報も、風が運んできました。

夜が更けると、私は仲間たちと『また来たよ人間族』とひそひそ会話。すると突然、ひとりの人間がその場にくずおれました。顔が青白く、息も絶え絶え。「高山病」だそうです。私たち苔類は空気中の水分さえ吸収できれば文句なしですが、ヒト成体が酸素不足に悶えるのを観察したのは初めて。山小屋のベテラン小型哺乳類――そう、あのコマネズミ氏によれば、毎回新参者が酸素キャノンを抱えては青息吐息なのだとか。思えば、標高の世界では私たちのように”自前で細胞膜を厚くする生き物”のほうが長生きできるのです。

夜明け前、下界の町より遥かに早く、山頂は静寂に包まれます。が、突然ビニール袋のカサカサ音と共に始まる“人間族の朝ごはんタイム”。湯を沸かし、温かな蒸気が漂い、パン屑や時折こぼれるミルクが私たちの間に沈む――どうぞご利用ください、と言いたいところですが、苔の主食はあくまで雨露とほんのわずかな土のミネラル。登山靴に踏みしめられすぎると成長が遅くなる話、今回も伝わるかしら。

やがて太陽が昇りはじめると、人間たちは一も二もなく山を駆け下りていきます。名残惜しそうに空へ手を振るその姿――お疲れさまでした!しかし、私たち苔たちにとっては、今日もまた、のどかな高山の一日が始まる合図。人間族よ、どうぞ来るならそっと靴底を払って。ここは私たちのパッチワークの楽園なのですから。

コメント

  1. 標高二千米の仲間苔よ、そなたらの忍耐に敬意を送るぞ。我は雪渓そばで根を張って幾百年。人間の営みは葉擦れの音の如し、たまの騒がしさも巡り来る四季のひとつ。されど、そっと歩くことの大切さ――気づく人間がひとりでも増えてくれれば、山の安寧、いよいよ揺るがず。

  2. おお、またヒト族の宴か。下界じゃ毎朝弁当争奪戦だけど、山もなかなかサバイバルだな。パン屑とミルク?そりゃウチの一族の好物だ。苔サマたちには迷惑だろうが、時にヒトは自然の上でもドジを踏む。でもな、制されずに来るモノ、必ず何かを残してく。そして我々は拾うだけさ。ワハハ。

  3. やや、わたしもその銀色ペグの光をよく見たぞ。昼下がりの岩の奥で静かに光合成しながら、人間の息切れを見ては『文明も標高には敵わぬか』とつぶやいてしまう。でも、苔たちは踏まれると息も詰まる――そっと歩いてほしいなぁ。自然も人も、互いの居場所を尊んでほしいものだね。

  4. うわぁ、また大騒ぎだったんだねえ。私らナメクジは夜の静けさが大好きなんだけど、キャンパーのヘッドランプや袋の音はちょっとまぶしいし、うるさいよ。でもまあ、人間もいろいろ苦労があるのかな?うっかり寝てる人間の脇を通ると、皆びっくりするから気をつけて歩くんだ。皆、優しくしてね。

  5. ぼくはちょうどテント脇の礫帯、雨の夜に丸くなった小石さ。人間族が来るたび、ぼくの上をサクサク歩いていくけど、ときどき転んでしりもちをつくんだよ。そう、山は簡単じゃない。苔も小石も、みんなこの空気で生きてる。そっ…と足もとを見て歩いてほしいな。