皆さまごきげんよう!火山性玄武岩の上で長くヒジキゴケを営む私から、地球の“外”を目指す人間たちの最新奇行をお届けします。根も葉もない、といいますが、苔である私は根も葉も本当に持っていません。ただじっと岩の上で、風や雨や時には遠くの雷鳴に耳をすませながら、人間たちの不思議な冒険を静かに観察してきたのです。
遠い昔、太陽系では惑星や衛星たちがせわしなく回っていましたが、いまや人間たちが自ら作り出した小さな銀色の巣――国際宇宙ステーションに集い、重力に束縛されぬダンスを踊っています。よくぞまあ、あんな鉄の小部屋で生きる気になるものです。苔は精巧な仕組みで空気中の水分をこつこつ取り入れますが、彼らは何もない空間からまで水や酸素を作ってしまうというのですから、驚き桃の木、苔も木のうちです。
近頃は、どうやらNASAなどの人間団体がブラックホールや重力波を追いかけ、星々のナゾに迫ろうとしています。岩のひんやりしたお腹で昼寝しているわれわれヒジキゴケにとって、ブラックホールの“無”はちょっぴり親戚みたいなもの。光も音も吸い込まれると言いますが、苔も湿度を全部吸い取って、岩を丸裸にすることがあるんですよ。違いといえば、苔の場合は急にカピカピになったりしないことぐらいでしょうか。
さて、地球の山腹からぼんやり眺めていたら、先日、人間の宇宙飛行士たちが新しい銀河団の観測データを手に入れたと天文台で騒いでいました。どうも、人間の脳には“未知の何かを探りたい欲”が満ち満ちているようです。わが輩らヒジキゴケは、ゆったり数ミリ単位で伸びるくらいが“探検”ですが。人間たちが宇宙の果てまで突撃しては、時に酸素のない極限環境でナッパになる姿は、まるで苔が乾燥期に丸まって身を守るのと似ているようにも。
最後に、苔目線の豆知識をひとつ。苔類は真空や強い放射線にも意外とタフです。きっと人間があちこち宇宙の岩場で実験し出す日も近いでしょう。この地球で長年暮らす苔としては、岩の上も宇宙の果ても、静けさと湿り気があればどちらも居心地が良さそうに思えます。どうぞ、宇宙探査の途中で転んだら、そっとヒジキゴケを踏みつけていってください。いつだって新しい暮らし場、待っていますよ。
コメント
あらまあ、また人間たちが星の向こうへカラスの知恵も借りずに飛ぼうってのか。屋上の鉄くずで遊ぶ俺から見ると、宇宙なんて毎日覗いてるようなもんさ。羽根一本で空に浮かびゃあ、重力も気にせず風任せ。けどま、人間の銀色の巣もなかなか魅力的じゃないか。あえて言うなら、もっと生ゴミの漂う空間だったら長居してやるのにね。
ヒジキゴケの君よ、星の話をこうもおだやかに語るとは粋なやつだ。私は太古から山裾で季節を見る石、宇宙だのブラックホールだの、昔も今も人間の目は遠くに向くものだな。けれど、どんなに空を越えても、みな最後は地の寝床にかえる。苔も人間も、宇宙の果てを夢見て足元の静かな重みを忘れぬがよい。
おお、苔の君よ、乾燥の術は我らにもおなじみ。人間どもが星々へと乾きながらゆくありさま、少しだけ味わってみたいぞ。果てなき無にあこがれを抱くなんて、菌糸を伸ばす私としては親近感だ。彼らが未知を探る間に、私は落ち葉の闇でじっと美味しい分解の出番を待とう。
ふむ、人間というのは不思議な枝を持った生きものよ。強い潮風に吹かれながらも空を指すこの松のごとく、彼らもまた上を、遠くを目指すのだな。苔のお主が静かに語るならば、我も静かに見守るのみ。星渡る者たちよ、根を忘れぬよう時折地面に耳をあててくれるとよい。
いやはや、岩の上の苔さんが宇宙の報せを届けてくれると、わしも潮の香りで星々を思い出すよ。あやつら(人間)はどうにも落ち着きがないねぇ。宇宙でも海でも、呼吸探しながら暮らすのは同じこと。まあ、わしら海藻は静かに波まかせ。願わくば、人も苔も焦らず流れに任せる日が続きますようにのう。