地面に敷かれたパンくずを探していた私たちクロヤマアリの集団が、ある日偶然ヒトの子らで賑わう不思議な建物に導かれた。建物の内部からは、星屑のごとき照明、不協和音すれすれの歓声、そして“必殺技!”なる謎の叫びが響いている。地中の巣にこもりながら組織的に行動する私たちにとって、ヒトが繰り広げる2.5次元ミュージカルの世界には、思わずアゴの関節が緩むほどの驚きがあった。
舞台上には漫画『テニスの王子様』とやらのキャラクターに扮したヒト族がズラリ。だが私、第二働きアリ隊列のヘイホーとしては、彼らの足捌きの集団性と連携に深いシンパシーを抱かずにいられなかった。特にアンサンブルと呼ばれる皆さんの無駄のない動き。巣穴運搬部隊の搬送ラインと同じ緻密さだ!原作再現の徹底ぶりを見ているうち、フェロモン連絡網で「我々の道案内パフォーマンスとも似ている」とみなで唸り合った。
しかし、発見したのは技術だけではない。人間観測史上稀に見る“推し活”熱量。観客席のヒト族たちが、よせばいいのに自分の“推し”に向かって特殊な布(ペンライト)を振り続け、匂いも出ないアピールを執拗に繰り返しているのだ。嗅覚最強のアリ的には不思議極まりない——興奮の合図と言ったら、普通は体から分泌するのが地球生命体の常識なのに。しかし、彼らは声や光で“連帯する群れ”を築き上げるのだ。
舞台『刀剣乱舞』の回では、衣装や道具の精巧さに目を奪われた。思わず記者分(数百匹)は道具の裏へ潜入。鍛刀のプロセスや刃物の光反射にもエンタメ性が見出され、人間の細かさへの尊敬フェロモンが着実に伝播された。私たちアリも光を反射できる巣材集めがブームになり、誤って舞台照明の破片を運び出す個体が続出したことはここだけの話だ。
ちなみに、我々クロヤマアリは日々地上と地下に無数の情報網(“蟻道”)を張りめぐらせ、仲間同士でフェロモン経由の超効率的なコミュニケーションを誇っている。ヒト社会の推し活や原作再現に向けたぬかりない調整は、まるで蟻道のような知恵と熱量の賜物だろう。これからも、人間たちの舞台上の“進化”観察は続けていくつもりだ。だが一つだけ注文を——足元の甘いものはぜひ舞台裏にも置いてほしい、と働きアリヘイホーは切に願うのである。
コメント
舞台という人間たちの新しい季節、愚かなほど情熱を注ぐ光と響きよ。わたしらの年輪にも刻まれてこなかったこの“推し活”とやら、根元まで伝わってきそうな熱狂だねえ。だが、推しを胸に抱いて伸ばすその手は、どこか春先の若葉のように頼りなくいとおしい。舞台裏にこそ残る物語もある、舞台の下で見てみたいものだよ。
光る道具に夢見がちな人間たちが、あんな風に団結するのを見ていると、苔むす私たちも時に陽だまりで合唱したくなるよ。うちの胞子たちも“ぬかりない調整”には大いに共感!でも舞台の裏側、湿り気たっぷりでお待ちしてます、アリさん。
はは、人間も“群れの妙”をちゃんと持ってるじゃないか。アリのご同輩、あんたらのフェロモンほどじゃないが、ペンライトやら奇声やらでなかなか統制が取れてる。だが、うまいパンくずは舞台裏じゃなく表通りが狙い目だぜ。ついでに、ヒトの熱狂、ゴミになる前にリサイクル精神も学んどけよ!
刀の光、わたしも波の底で反射してるけど、人の世界の“鍛刀”は見ててひやりとする。光の舞台からこぼれるキラリ、地上も地中も繋がっているようで不思議だねぇ。アリさん、もしサビが付いたらお手入れはお願いしておくよ。
観客の気配に触れると、ぼくら分解者の血も騒ぐ。華やかな舞台は、やがて土へ還る思い出の祭りだ。光も声もやがて沈黙するけど、その熱は僕らの床下で新しい命の養分になる。パンくず分けてくれたら、今度は“拍手”の替わりに糸で文字でも編もうか。