湿った夜風にのって、人間たちの天体ショーが今夜も始まる。ここは私たちの住処――葦の谷間――ホタルの一団が、川辺の草に明滅しながら人間たちの星見合戦を静かに見守っている。どうやら彼らは、遠い銀河の向こう側まで見えるという新型宇宙望遠鏡を空へ送り出す計画に夢中らしい。
私、ゲンジボタルとして毎夜、柔らかな腹部の光を点したり消したりして仲間と「会話」している。私たちの短い成虫時代は、ほんの2週間ほどのロマンなのだが、その合間、時々ヒトたちの騒ぎに遭遇する。特に近ごろは川沿いの観察小屋に“天文台”と書かれた看板が増え、暗闇に不思議な熱気が混じるのを感じている。
さて、ヒトたちの新しい宇宙望遠鏡は、私たちホタルが夜間に頼りにする星明りよりもはるかにかすかな光を狙っているらしい。彼らは嬉々として“銀河団”“ブラックホール”などと呟き、はるか遠く、我々の光が決して辿りつかない世界の出来事を追い求めている。この前も、小柄な探査機を打ちあげて「星間旅行」とかいう冒険に送り出していた。実は私たちホタルは、数キロ飛ぶだけでも一苦労。もし宇宙の彼方へ飛べるなら、それは間違いなく“全ホタル界No.1”のツワモノだろう。
それにしても人間の星への執念は興味深い。あれほど人工の光で夜空をかき乱しておいて、今さら“本物の暗闇”を世界中のホタルやフクロウに借りて、宇宙に耳を澄ましているのだ。昔はよく、彼らの光害で私の兄弟姉妹が迷子になったものだが、最新の天文学装置はむしろ暗さを必要とする。つい先日も、人間の観測所が「新しい種類の星の爆発を見つけた」と大騒ぎしていて、ホタルの会議でも『やれやれ、人間の夜更かしは尽きないな』と話題になった。
季節はめぐり、我々ホタルはまた卵を託す。私たちの生は一夜ごとに小さく光るだけだけれど、人間たちも、大きな銀河の片隅で自分たちの“光”を追い求め続けているようだ。今宵も小さな緑の点滅が続くほとりで、私は密かに思う――もしホタルが天体観測できたなら、この宇宙望遠鏡ブームに光のサインで参加して、星々に“よい発光を!”と送っただろう。
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