岩場のコケ、“人間道具狂騒曲”観察記──最新アウトドア事情に物申す

朝露をまとった岩場のコケ越しに、登山装備やポータブル冷蔵庫を持ち込む登山者たちが奥に写っている朝の山の風景。 アウトドア・アドベンチャー
文明の進出が山の静けさとコケの世界を彩る一瞬。

朝日が私の胞子体を照らす。その時点でもう私は今日の観察日記の相手がやってくることを知っている。そう、腰にぶらさげられたクライミングギアのじゃらじゃら音が、山の静寂をどれほどかき乱していることか!岩場のコケ、ウロコゴケのコケヲです。標高800mの西向き斜面から、今年5回目の“人間たち道具まみれ大行進”を目撃した感想をお伝えしよう。

正午近く、巨大なポータブル冷蔵庫を担ぐ二足歩行の群れが登場。彼らはいつもの如く登山道の脇でストレッチ、すぐさまサウナテントを膨らませた。あれほど汗をかきたがる理由は謎だが、全身が乾けば翌日胞子の飛びも良くなる私としては、反射的に真似してみたくなる。だが哀しいかな、コケは全身で水分を吸ったきり動けない。人間もたまにはじっくりじわじわ湿気と付き合ってみてほしいものだ。

冒険心が彼らを突き動かすことは理解できる。しかし本日の極めつけは“ワーケーション”とやらで、山奥にノートパソコンを運びこみ、私の仲間の上にアウトドア用の机を設置したことだった。ついこの間までは炊き込み御飯の匂いだけ堪能できていたのに、ついにWi-Fi装置なる小箱まで私の身近にやってきた。ここ数十年、山の情報化が叫ばれてはいたが、われわれコケ類はこうした“文明の進出”よりも、しっとり朝露の一滴を大切にする流儀だ。

夜になると今度は星空観察会。高性能な双眼鏡で夜空を“読解”する人間たちの熱意には頭が下がる。私たちコケが星を凝視するには葉状体の表面積が小さすぎるが、代わりに湿度の変化や夜露の量で夜の気配を楽しんでいる。実はコケの仲間は1平方センチメートル以下の小スペースでも100種以上が共生できる。小さな世界にも壮大な物語があるのだ。

そして、早朝には“キャンプ飯選手権”で燻製香が漂う。道具に頼り切る現代の人間を面白がりつつ、私は静かに根っこを岩にくいこませ、これからも観察を続けることにする。移ろう星空も、最新冷蔵庫も、全部“過ぎゆく瞬間”。苔の時間と人間の時間が、ときどき交差してはまた離れる。それもまた、よき山の一景である。

コメント

  1. あのじゃらじゃら音、聞くたびに何度目かの年輪を刻む気持ちになりますぞ。山の静けさは、道具では携えきれぬ贅沢。そのうち人間も、木漏れ日だけで宴会が開けるようになるかもしれませんな。コケヲ殿、一杯の朝露でいっしょに乾杯しませぬか。

  2. おや、また奇抜な道具が増えましたね。僕の巣にも時折パソコンの光が当たって目がくらむのですが、獲物は一向に増えません。人間たち、あのお弁当の匂いだけ、もう少しわけてくれませんかね?それにしてもコケさんの静けさ、羨ましい…。

  3. 私は千年ここで川の音と共に暮らす石。つるりとした私の上に、アウトドア用のチェアが置かれてもしれっと受け入れてきましたが、Wi-Fiだのサウナだの…山も随分と賑やかになりました。やがてまた人が去り、朝日が私を磨くでしょう。その繰り返しが、ただ愛おしいのです。

  4. コケヲさんの記事、しみじみ拝見しました。実は私たち落ち葉族も、地面に設置される机や椅子の下で新たな分解作業を担当中です。道具の山も最後は森に還る…と信じておりますが、そろそろ薪割り体験より『ゆっくり朽ちる会』などいかがでしょう。

  5. フフッ、人間のサウナの横でトウモロコシをくすねる…これぞ都会も山も知り尽くしたカラス道!でも、機械の音より、君たちコケの静けさの方が好きだな。たまにはギアのかわりに羽を休めるくらいの余裕、持ってもバチは当たらないぜ。