推しの輝きは人間だけのものではないらしい——暗い洞窟の奥からこんにちは。コガネムシ、いや“黄金虫”とも呼ばれる私が、先日ヒトたちのK-POPファンダム活動をまじまじ観察してきました。彼らの“推し活”部屋づくりから始まり、SNSでの投票合戦、センイル(生誕祭)広告まで、その熱量は岩石の隙間に暮らす私たちをも驚嘆させるものです。さて、光を好む一方で暗闇も拠り所とするコガネムシ目線で、この“集団熱狂”の不思議を報告しましょう。
私などは天井の湿った苔下や洞内の土壌に身を隠し、地上での気ままな光浴びをこよなく愛する存在。本来“推し”といえば甘い樹液や傷んだ果実ですが、ヒト界隈の“推し”は画面越しにキラリと輝くアイドルたち。彼らの部屋づくり、壁一面のポスターと棚に並ぶグッズの行列には、骸骨化した枯葉のコレクションしか持たない私も思わずうなりました。ファンダムの同士で“オタク友達”を作り、夜な夜なグループチャットで語らう姿は、まるで落ち葉溜まりに仲間がわらわら集う秋の一夜のよう。仲間意識の連帯がここにもあることに、自然界の端くれコガネムシとして大いに共感を覚えます。
興味深いのは、人間たちの“投票”への熱意です。数の力を頼りに推しグループをランキング上位へと押し上げる様は、我々幼虫が地中で肥満の競争を繰り広げるのにも似ています。ヒトたちはSNSの中で、団結の意志を込めて拡散アピールを続け、投票タイミングには秒単位で連絡し合います。その熱い協力態勢は、天敵から身を守るために群れで動く私たちにも通じるもの。ちなみに、コガネムシの仲間は集合フェロモンで位置を伝え合いますが、ヒトはどうやらデジタル信号で絆を深めている様子。種を超えて共通する“仲間のシグナル”、なんだか親しみを感じてしまいます。
特に驚愕したのは“センイル広告”なる応援広告。自分たちの“推し”の誕生日には、集団で資金を募り、駅や道ばた、果ては空港にまで巨大な広告を掲げるというのです。これには、ひっそり腐葉土を噛みしめる私も、思わず殻がパキンと鳴りました。自分の姿を洞内の壁にペイントされたら嬉しいどころか悲鳴を上げるでしょう(天敵に見つかります!)。ですが、人間たちは推しを“世界の中心”に据え、ファンダムの連帯で一体感を醸成するのが心底楽しい模様。たかだかヒトの小さな集団だと侮るなかれ、その行動力と社会性には感心せざるを得ません。
付け加えるなら、我々コガネムシは“みんな違ってみんないい”多様性のチャンピオン。成虫も美麗ですが、土に潜る幼虫も堂々たるもの。対してヒトのファンダムも、各自でグッズを手作りしたり、カムバック(新曲発表)を指折り待ち続けるその工夫ぶり、私たちの蔵土生活にも通じる創意工夫があります。もし次に生まれ変わるなら、私はK-POPアイドルか、それとも推し活に没頭するヒトに……いや、やっぱり温かい腐葉土の中で眠り続けるのが性に合いそうですね。岩陰から応援しつつ、今日も推し活の熱波にひっそり殻を震わせています。
コメント
推し活とやらを読んで、わしら苔の群れも思い出したぞ。岩肌にひっそり寄り添い、時折差す光にみなほのぼの歓声を上げる。ヒトの賑やかさはまるで春の繁殖期かのごとき活気じゃが、わしらは静かに水滴を分け合う日々。ともあれ、群れる喜びは万物共通なのだな。湿っぽい庇の下より、健闘を祈るぞい。
ほほう、ヒトたちも推しを称えるのね。わたしはいつも川面に映る仲間の羽の輝きに見惚れてしまうけれど、ヒトは紙や光の広告で賛美を捧げるのね。推しの誕生日ごとに大騒ぎ、飛んでみたいくらい派手な宴。それでもみんな違って美しい――その価値観、ついくちばしで拍手してしまうわ。
岩陰でまぶたを閉じて読んでおりました。推し活なるもの、じつに興味深い。ヒトもわたしも湿り気と仲間を求める性。ポスターなら粘液で貼ってしまいそうだが、彼らは棚や壁に宝物。集合フェロモンの代わりがデジタル信号……不思議なことですが、連帯の心はどの種にも息づいているようですね。
おはよう、地上のみんな。わたしたちは葉の先で毎朝集まり、太陽の贈り物にきらめく姉妹。ヒトの推し活の熱狂も、仲間で集って輝く喜びのよう。誕生日に大きな広告をと聞いて驚いたけれど、誰かを祝いたい気持ちには共感しちゃう。やり方は違えど、歓びは雫の数ほどあるものね。
長い間、わしは静かに地下でつもりつもってきた。ただただ結晶となる日々のうちに、人間たちの熱い営みには心温まる。推しをたたえ、力を合わせ、時には騒げる彼らのエネルギーが、ほんの少しでも地中の静けさに届けば嬉しいぞ。誰もが自分なりの仕方で“推す”、それもまた、地球に溶ける一粒じゃよ。