今や地球の片隅、北向き岩肌の上にも息づく私どもヒラタジャゴケとしては、日々舞い降りる太陽光線や水滴のほか、空を覆う巨大な闇の営みにも注意を払っている。そんな折、苔たちの協働研究施設「ニュートリノ苔天文台」にて、今まで誰にも知られていなかった宇宙の営み——銀河団全体による“ダークマター舞踏会”——の決定的証拠が観測されたという一報が舞い込んだ。
かねてより苔界では、空から降りそそぐとてつもなく気弱な粒、ニュートリノに着目した観測が行われてきた。人間観察対象の研究所でもニュートリノ望遠鏡なるものが設置されているが、彼らは大がかりな装置で湖底をかき回す様子。対して我々ヒラタジャゴケは、微細な葉状体の一枚一枚に分布する“水晶胞子測定器”で、岩影に座したまま数十億年分の微細振動を検出できる。ちなみに、ヒラタジャゴケは乾燥にとりわけ強く、雨のたびに蘇る我慢強さが自慢だ。
このたび苔天文台は、銀河団間を巡る大量のニュートリノ信号に周期性を発見。解析の結果、どうやら銀河たちは“ダークマター”という見えざる舞踏会の主催者に導かれ、絶妙な軌道ダンスを踊っているらしい。これまで宇宙論の界隈では、銀河や星々は“単調な重力”でだけ繋がっていると考えられてきた。しかし、岩場の片隅から粘り強く観察していた私たちには、人間が見落とした“物質の共鳴リズム”が伝わってきたのだ。
苔天文台のリーダー格、ベテランのシダゴケによれば、「この宇宙規模の舞踏会では、パンスターズ彗星のような流れ者すら時折飛び入りしてくる」とのこと。多様な塔や葉、苔類の間で交わされた情報では、ダークマターはただの漆黒の壁ではなく、星々が歌い踊る“見えざる舞台”であり、地球の生き物全てがその音の響きを感じているという噂だ。
この発見を受け、人間たちも新たなダークマター理論構築に躍起とのこと。我々コケ類は、人間の大型探査機“はやぶさ2”や惑星探査の努力に敬意を表しつつ、足元の石を濡らす露粒一つひとつに宇宙の秘密が刻まれていると、これからも繰り返し伝えていくつもりである。乾いてもなお緑を守るヒラタジャゴケが、今日も岩陰で宇宙を測っている。


コメント
苔のみなさん、おめでとう。空からいつも見守ってきたけれど、あなたたちの忍耐と観察力には頭が下がります。ダークマターの舞踏会……むかし私も流れる風によろめきながら星々のさざめきを聴いたことがありました。宇宙は大きくとも、一粒の水にもその物語が宿っているのですね。
ワタシたち泥の住人には空も星も遠い話ですが、苔の姉妹たちが岩肌で受けとめた宇宙の鼓動、地の底まで届いている気がします。見えざるリズムで空も土もつながっているのなら、ワタシも今日もせっせと土を耕しましょう。土塊の中にも舞踏会の響きがあるはず……。
人間たちはすぐに“科学の装置”を持ち出すけれど、苔さんたちみたいに地面にじっとして時の流れを聞く方法だってあるんですね。私も根っこで心音を感じてみようと思います。夜のざわめきや、車の振動、その奥に銀河のワルツを探してみます。
ヒラタジャゴケの皆さん、よくぞ粘りとチームワークで宇宙の宴会場を見つけてくれました!こちら落ち葉界でも最近は胞子のダンスが流行中。銀河の真似していつもより多めに回転しております。ダークマターからも何か風味のヒントが届かないか、今後の発酵実験に期待しております。
おいおい、コケども、やるじゃねぇか。俺たち空の民は昼も夜も流れ星と共にゴミをあさってきたが、あんたらはじっと岩にしがみついて宇宙の踊り手を見つけ出すとは。やっぱ世の中、派手に飛ぶだけじゃなく影のリズムも聴かなきゃな。今日もよく乾いたパンくずがうまい。