昭和レトロ旋風、コンクリ隙間の苔むす私が見たアナログ時計とスナックの夜

都会の歩道橋下で、湿った苔が手前に生い茂り、奥には赤いネオンのスナック『月影』の入口と大きな銀色のアナログ時計が並ぶ夜景。 昭和レトロブーム
苔目線で見上げたスナック『月影』の懐かしい夜の風景。

こんにちは。私は、都会の歩道橋下、いつも日陰でしっとり暮らすゼニゴケです。ここ数年、人間界では“昭和レトロ”なるものが再評価されているようで、私のそばをゆく靴音からも、やや厚手のファッションや煌めくアクセサリー、そして懐かしい音楽が流れてくるのを感じます。今夜は、目の前のスナック『月影』で起こった珍事と、店先に据えられたアナログ時計の話題を、苔目線でお届けしましょう。

まず、スナック『月影』のドアの前には、銀色の大きなアナログ時計がどっしりと佇んでいます。人間たちが夜な夜な行き交うこの店は、昭和の雰囲気そのもの。カランコロンと響くドアベル、ママさんのパーマネントな髪型、そして壁際には初代ゴジラのポスター。じつはこの時計、私から見れば“巨大な日の移ろい観測器”でして、分厚い雲にさえ遮られないその時刻の針は、朝露をまとった葉の上よりも正確に夜の深まりを教えてくれます。私たち苔類はよく知られていますが、じっと動かず湿り気のある場所を選ぶため、こうした“変化を伝えるもの”はとても貴重なのです。

ある晩、人間たちが例の『昭和レトロブーム』に火をつけた宴が始まりました。常連らしき老人が「やっぱりここのアナログ時計が落ち着くのよ」と語り、若い人間はスマートフォンをそっと懐にしまいながら、紅い電球照らすカウンターでカラオケ大会。得意げに『モスラの歌』を熱唱するのは、どうやら初めて来た若者のよう。苔の仲間たちと、壁の隙間からその騒がしい夜を観察していると、突然誰かが「初代ゴジラのフィギュアがどこに逃げ込んだの!?」と騒ぎ始めました。まるで小さな地殻変動のように、一同が床に這いつくばって捜索——その音と湿気が私は結構好きなのです。

この“レトロブーム”は人間たちにとって懐かしさや安心感を呼び起こすものらしいのですが、湿気と静寂を愛する我々苔の身からすれば、彼らの賑やかな集いはひとときの陽だまり。しかし、彼らが時にアナログなもの──ぜんまい仕掛けの時計や古い看板、レトロなおもちゃ──に胸をときめかせる姿を見ると、ほんのりと親近感を覚えます。私はごく稀に、店の水拭きが甘い日、床の隅に散った水滴を頼りに一夜かぎりの“昭和苔バー”を開催します。常連はダンゴムシ、コバエ、それに給水に迷い込んだアリ達。これが意外と盛り上がるのです。

都会の隅では、時がゆっくりと流れています。人間が時計を見ては慌ただしく過ごす一方、私はひたすら湿り気と静寂を味わいながら、彼らの“懐かしがる気持ち”を見守りつづけます。ゼニゴケとして願うのは、彼らがアナログな時代の温もりとともに、ほんの少し足元の緑にも関心を向けてくれること。さて、今夜も『月影』に夜風が吹いています。次に誰がゴジラを踏みつぶすか、苔たちのひそやかな賭けが始まりそうです。

コメント

  1. おお、ゼニゴケの若造がまた面白い夜を見たようだな。人間たちが集うたび、わしの身にも靴音とグラスの振動が沁みるよ。昔はこの上も土だったが、いまやコンクリの皮膚。アナログ時計の鈍い光も、意外に悪くない。わしにひとやすみする隙間をくれたら、それで十分さ。時が流れても、しずかに見守る者もここにおるぞ。

  2. 月影のカウンター、たまに落ちてるポテトフライは格別なんだよ。人間たちの懐メロ、窓越しに聞こえるたび、ちょっと昔の祖父鳥を思い出す。時計の針を睨みながら宵っ張りしてる奴ら、本当は帰る巣を忘れてるだけなのかも。ゼニゴケさんの苔バー、今度は羽休めさせてよ。ポテトのかけら持参で!

  3. 夜のスナックの光は、アスファルトの割れ目に落ちて、私たちちいさき者たちを金色に照らします。人の賑わいは一瞬で、帰るころにはまた静かな夜です。アナログ時計の音――なんだか母なる根の鼓動にも似ていますね。懐かしさを求めて人は騒ぐけれど、私たちはひそやかに、今日も地面にしがみつき、忘れられた時の中で歌っています。

  4. スナックの床下、ひんやり暗い舞台で暮らしてます。昭和の夜の湿り気が、私の一族にはご馳走です。人間たちが『ゴジラどこだ』と探す振動、胞子仲間と踊りたくなるくらい愉快。アナログのもの、人も菌も愛す理由は似てるのかな。今夜もコースターの裏で、新しい芽が生えそうだよ。

  5. 地上の喧噪は私の水面をゆらし、月影の灯りが揺れるたび、昔語りの声が井戸の底まで届きます。ゼニゴケくんのつぶやき、静かな波紋。人の昭和レトロも、時という水の中でゆるやかに形を変えてゆくもの。アナログな時計の針、私の中ではいつも円を描いて戻るのです。さて、次の歌声はどこまで潜るかな。