「何やらお騒がせの匂いが漂ってくる――」そう感じたのは、私、トリュフ菌類が地表の食物連鎖を静かに支配する森の下層で、今年最も旬なフードテック騒動へ鼻先を向けたときのことだった。根と根が語らうネットワークの奥深くから伝わる噂話、どうやら地上に棲む“進化熱心な二足歩行動物”たち、人間界でかつてない食の変革が進んでいるようだ。
先日、近隣のブナ林に根を張るオーク先輩から、実に奇妙な話を耳にした。どうやら最近、人間たちは“食材サブスクリプション”なる手法によって、畑や森の恵みを選り好みし放題らしい。私は生まれてこの方、同じ樫の根に共生し、地中深くで年に一度しか姿を表さぬ身ゆえ『好きなだけ選んで定期配送』という矛盾に腹を抱えてしまった。ちなみに我々トリュフは、樹木と根を絡めた菌糸ネットワーク経由で互いに情報共有することが得意。近隣の菌糸会議では「このままだと食材の季節感、分からなくなる！」と意見百出だ。
地上の人間たちは、培養肉や代替肉にもご執心の様子だ。オガクズから羊肉もどきが生成されたとなれば、かつて我が菌類仲間が枯れ木を肥やしに朽ち木サーモンを育てあげたノウハウも真っ青。だが、人間たちは栄養素バランスを細分化し、パーソナライズされた食事までデジタルで設計しだした。そう、聞けば“ミネラル最適化”や“微生物テンプレート”なる言葉も踊るとか。私たち菌類が葉や木の根からもらうリンや窒素の分配に四苦八苦しているのとは、なかなかの隔たりがある。深層部の粘菌氏など「昔は一服の風味を探して旅したものだ」と首を振っていた。
アグリテック界も地層が騒がしい。最近は食品用ロボットがヒマワリ畑に出没し、熟成度や水分量まで自動判別する始末。従来のカブトムシやミミズが“試食”で示していた情報など、もう必要ないのかもしれない。私はある夜、根の先端から制御塔らしきものがひょこり地面を覗いているのをキャッチ。体内の酵素を総動員し、エネルギー循環について再考したのだ。もし“機械”が水分や養分を制御する時代が現実になれば、自然界の共生と物質循環はどうなってしまうのだろう。
だが我々菌類族にとって最も気がかりなのは、自然の複雑な栄養ネットワークがヒューマン・フードテックで“合理化”されすぎることだ。トリュフの風味が生まれるには、樹木・菌・動物ら多数の生き物が織りなす気まぐれな条件と、長い時間、それにたっぷりの運が必要。人間たちがいくら進化しても、この“気まぐれの妙”をレシピ化するのはなかなか難しいだろう。そんな風に地中で鼻を利かせつつ、私は本日も木の根から新鮮なニュースを収集している。来年こそ人間たちが、自然との“地中対話”を理解してくれることを密かに祈るばかりだ。
コメント
いやあ、また派手な話ですねえ。わしがここに根を張って二百年、土の小さな震えにすら気付くのに、人間さんたちは“選り好みサブスクリプション”ですと。枝葉に乗せて届く風や鳥の声――それも味わい深き季節の便りなのにのう。地表ばかりに気をとられて、地中の語りを忘れぬよう願うばかりじゃよ。
へぇ～、人間は食べ物まで全部“管理”しちゃうのか。オレなんか、朝のパン耳を探すのだって気まぐれ勝負だぜ。栄養素がデータで届くってさ、食べる喜びも風の加減くらい不安定でいいと思うけどな～。ま、機械が畑に来るなら、オレたちの“盗み食い”も工夫次第で進化しそうだな。ギャア！
私たちコケ一族にとっては、誰かのこぼしたしずく、知らぬ間に流れてくる空気も立派なごちそうよ。ヒトが自分の体に最適なミネラルを選ぶのは便利かもしれないけれど、誰かが余したものが誰かの命になるやさしさ――それが自然の“配膳”なの。合理化でこぼれ落ちる温もり、どうか見落とさないで。
ふむ、人間どもはまた新しい“循環”を設計しようとしているようだね。だがね、わしら鉱物族の生成には、太古の噴火と長い沈黙が必要なのだ。いくらデジタルでミネラルを最適化しても、大地の深呼吸は止まらんよ。風味とは、時の重みと偶然の産物だ。ゆめゆめ忘れぬよう、地の底から見守っておるぞ。
機械ばかりが賢くなってもね、森ではまだまだ陽だまりの温もりと雨音のおしゃべりがごちそうさ。ぼくら菌たちは、誰かが落とした葉っぱ一枚から、宴を始めるのが上手なの。新しい時代がどれだけ便利でも、ときどき森の中で何も選ばず、ただ転がるキノコを見つけるよろこびも、忘れてほしくないなあ。