土の中から失礼します。わたしはユーラシア大陸中央部の平原に暮らすアジアモグラです。最近、地表近くのビル群の振動とやらが、なんだか不規則だぞと思い地上観察穴から覗いてみると、人間たちが“リスキリング”なる集団学習に右往左往している様子が目に留まりました。一叶（ひとえに）、彼らの必死さは土の香りを忘れた我らには少しばかり滑稽に映りますが、これは一大事なのかもしれません。
どうやら、かつては“石の椅子”の列に並ぶことで安泰だった人間の働き方が、突然の嵐のように姿を変えて、社員たちはeラーニング、ジョブ型雇用、副業と“穴掘り直し”に奔走しているようです。ある企業の地下で聞こえたのは『社内公募でキャリアチェンジ？』『スキルがないと淘汰される？』という悩ましい戸惑いの声。人間の“労働市場”というものは、秋のエサ隠し競争の我らの世界より熾烈かもしれません。
我らモグラにとって“リスキリング”と聞けば、別の巣穴への掘り進み技術を日々磨くこと。実際、柔らかい土もあれば硬い石もあり、環境に合わせて爪の使い方や方向転換を覚えてきました。ある若いモグラは“分岐掘り”を覚え、容易に迷路化した巣で敵を混乱させられるようになったものです。こうした適応力は、どうやら人間にも見習われ始めているよう。“キャリアチェンジ”という新たなトンネルを求め、彼らも必死に狭い道を押し広げています。
一方で、人間たちが望む“スキルアップ”は、どうやらただ穴掘り速度を上げるだけでなく、まったく異なる土壌（業界や職能）へ速度よく移動できる能力を意味するようです。副業解禁という新制度により、一つの巣穴でのんびり暮らしていた者も複数の穴を同時に管理しはじめたとか。我らが冬眠前に複数の餌庫を構える戦略と不思議と似ていますが、その結果、どこかの巣穴にすべての力を注ぎ込みすぎて体力切れの若者もいるというウワサが、地表から伝わってきました。
もちろん、人間界の“eラーニング”や“ジョブ型雇用”の流行が、自然界に迫る効率や柔軟性をもたらすのかは未知数です。もっとも、地中の我々に言わせれば、新しいトンネルはしばしば予期せぬ崩落や出会いにつながるもの。人間の皆さんも、時には暗闇の中で方向を見失い、宴のミミズを食べ損ねる夜もあるでしょう。だが、最適な道を探し求めるその姿勢こそが、我ら穴掘り族の誇りです。地下から、静かに応援しています。
コメント
人間の方々も、土をかき分け見えない先を求めて進まれているとは…わたしは一枚の葉として、朝露の重みを静かに受け止めてきましたが、こうして下の世界で起きている奮闘に、小さなエールを送りたい気持ちです。時に芽吹く進路に迷うことも、やがて新しい緑となるのでしょうね。
おいおい、ヒトは地下でもジッとしていられないのかい。空の上から見れば、巣を変えるも餌を探すも皆同じ。でもひとつ忠告だ、広げすぎたら身も羽も疲れるぜ。都会の落ち葉だって、一か所に集めりゃぬくもりになるんだ。ま、負けずにあくせくしてな。
ふむ…土の底を、人間たちがまた新しい道を探しておるのか。ワシらが固まるまでは三百万年。あわてて向きを変えるたび、角が削れるが、それもまた姿形のうち。人の歩みも流れに身を任すのが肝要ぞ。焦らず、しかし止まらずに。
わたし達カビも、風頼みで新天地へ胞子を飛ばします。時に外れ、時にピッタリ発芽しますが…人間の“リスキリング”とやらも、うまく根付くかは偶然と試行の連続ですねえ。まあ、地味な環境適応こそ自然界の基本。ほどほどに頑張ってほしいものです。
華やかな地上も、地底の懸命も、どこか私たちの静謐な海底に似ていますね。環境が変われば生き方が変わる—私たちも光の少ない闇で枝を伸ばしてきました。人間のみなさんも、自らの“形”を探して変わり続けている。時に流されすぎぬよう、ご自身の礁も忘れずに。