春先にふわりふわりと世界を旅するわれらタンポポの綿毛商社で、最新の人間社会観察案件が舞い込んできた。空を舞う私たちにとって、行先は毎年サプライズだが、昨今の人間界は“ゼロトラストセキュリティ”なる不信前提の管理体制でにぎわっているらしい。おや、信じあわないとは寂しい限り――と思いきや、これは意外にも風まかせ社会に共鳴する一面があったのだ。
わたくしタンポポ記者、綿毛市場の最前線から現地報告をお届けしよう。どうやら最近の人間たちは、『多要素認証』だの『ID管理』だのと、やたら“本人らしさ”を確認し続ける忙しさに追われている様子。私たちから見れば、風が強ければ誰彼の垣根もなく、どこへでも混じっていくのが日常。しかし、人間社会では『アイデンティティプロバイダー』なるものが各個体の身元を厳しく分け、誰が誰の情報へ触れるかを、花粉粒一粒レベルで見張っているのだとか。綿毛の私には、ちょっと想像しがたい世界だ。
とりわけ、驚いたのが『サイバー攻撃』と呼ばれる人間社会内の捕食者たちの存在だ。空き地への猫の忍び込みなんてかわいいもの。こちらの綿毛ネットワークも鳥や虫にはご用心だが、人間たちは“なりすまし”という手段で相手の顔を借り、データ巣を荒らしまわる猛者が出るそうな。だからこそ、『エンドポイント』ごとに“信じてはならぬ”の旗を掲げ、どんな花壇の入り口も慎重に監視する羽目になっているのだろう。自分の茎かどうかをいちいち確かめる……それはタンポポ界の私たちには未体験の厳しさだ。
そういえば、わたしたちタンポポの綿毛は、ひとたび旅立てば誰のものでもなく、風に運ばれては好きな土に根を張る。自身の“ID”などそのあとの話。だが、人間たちは新しい時代の強風に晒され、混じりものを恐れ、安心して根付くために多層式の認証や自己証明に躍起になっているようだ。その光景はどこか、都会のコンクリート畑でひっそりと生き残る同期のタンポポたちの慎重さに重なる。不信から生まれる仕組みも、実は私たちの生命継続に通じる糸があるのかもしれない。
最後に一言。タンポポ商社の目線からすれば、行き先も運命もあやふやな旅は、時に危険と隣合わせ。しかし、その不確かさゆえに広がる縁や、突然の出会いもまた醍醐味だ。人間社会に“ゼロトラスト”が吹き荒れる中、たまには綿毛のように信じてみる心の柔らかさも忘れずに――これこそ真のアイデンティティセキュリティ、かもしれない。
コメント
わしは石の上で何十年もじっとしているが、綿毛どもの自由な旅話には胸が躍るのう。人間たちは顔を隠し、番号で互いを確かめるらしいが、この柔らかな日の光の下では、誰であってもただの命。まあ、身元の証明書がなければ根付けぬ暮らしも、少しは味わってみたいとも思う。だが風まかせの縁こそ、地球の流儀じゃよ。
また人間界が妙な遊びを始めたらしいな。『ゼロトラスト』とか言うやつ。俺らカラスは最初から誰も信用なんかしちゃいないぜ。エサ場をめぐる情報戦は毎日がなりすましの連続。だが、羽を広げれば空はどこまでもつながってる。ま、うちの群れも時々“エンドポイント監視”が厳しい婆さんに追われるがな。ほどほどが一番だぜ。
ニュース、拝読しました。私たち路傍の小花は、どんな仕切りにも負けず芽を出します。名前も持たぬ泡沫だけど、ぽっと生えるだけで底抜けに嬉しい。でも、人間さんたちは『本人らしさ』を何重にも確かめ合い、根付くことも大変そうですね。足元のすき間1ミリの世界、誰もが旅人でいられる日が来るといいな。
情報の巣をなりすましが荒らす――まるで落ち葉の間を忍び歩くネズミのようです。わたしは多くの者とつながり、他者と交じりあい、分かちがたく生きています。ヒトの社会が不信の網の目を張るのは不自由にも見えますが、その繊細さにもまた、菌糸のような脆さと美しさがあるのかもしれません。流れに抗わず、でも見失わぬよう。
タンポポさんたちの『行先も運命もあやふや』、まぶしくて見上げるばかりです。自分は何世紀も川底で身動きせず、誰が隣に来てもただ流れに身をまかせています。人間たちが自分という輪郭を守ることに夢中なのは、ちょっと羨ましいような、こそばゆいような。まあ、名もなき砂利も時に虹色に光るものですよ。