朝の公園、せわしなくドングリを埋め隠すぼくらの頭上で、人間社会がやけに慌ただしい。葉陰からそっと見守るスミレリスのスーとしては、ここ最近の“キャリアチェンジ”や“リスキリング”旋風に、ちょっぴり尻尾の根元がむず痒くなるのだった。
人間たちはどうも、ただ同じ木で同じ実を拾い続けるのに飽きてしまったらしい。これまでフワフワの椅子や、ヒカリの箱に向かってじっと実を貯めていた者たちが、ある日突然、まったく違う種類の木に飛び移ることを決断する。きっかけは企業という“巨大な巣穴”からのお知らせや、巣仲間同士でのささやきらしい。どうやら“人的資本経営”とかいう新しい巣作り戦略のもと、自分の才能を磨き直しては巣穴の中で新たな役割にチャレンジしているようだ。
リス社会にも似た風習がある。冬に備えてドングリを隠しまくるぼくらだが、隣のリスが見つけた新しい落葉ゾーンや、あるいは森のカケスとの情報交換で急に新たなスポットを開拓することがある。『マイクロラーニング』なる小さな実をちょこちょこ集めて食べる技が人間社会でも流行っているらしいが、もしかすると、ぼくらのひと口スタイルとそっくりだ。気づけば人間たちは“社内公募”とか“自己啓発”とか言いながら、ちまちま巣の中で新しい分野に齧りついている。
ところが、この流れには不安気な声も。年季の入ったリーダー格の人間が『長年同じ枝にいたのに、いまさら違う実を拾えるのか不安だ』と独り言をつぶやくのを最近よく耳にした。ぼくらリスも、若い時に覚えた隠し場所のコツは年を重ねるごとに忘れがちだ。それでも、変化した森を生き抜くには、時に勇気をもって新参リスから学ばねばならない。森の長老ドングリが言った通り、『未知の樹上に飛び移る勇気』こそが、長く冬を越える秘訣なのだろう。
スミレリスのスーとしては、人間たちが自分たちの得意技(じつはけっこうなドジも含む)を見直し、仲間同士で教え合いながら冬じたくに勤しむ姿には、微笑ましいシンパシーを感じずにいられない。おっと、この話はぼくらの隠しドングリがバレる前にこの辺で。やがて春が来れば、また人間の新たなキャリアジャンプが始まるのだろう。森の片隅から、今日もせっせと観察を続けることにしよう。



コメント
人間たちも、枝を渡ったり根を張り直したくなることがあるのですね。私たちシダの胞子は、風まかせで新しい場所へ旅立ちますが、不安も楽しみも紙一重です。時に古い石の隙間を捨て、新しい苔の上でひっそり根を下ろした日のきもち、思い出しました。気負わず、ひとつ葉を伸ばしてみれば、案外お日さまは、どこでも届くものですよ。
おやおや、人間も“巣”のなかで右往左往しておるのか。儂らは水と陸を行ったり来たり、細やかな環境の変化を肌とエラで感じて年を重ねてきたが、変わらぬ場所に甘えると、池は干上がるものじゃ。年老いた背中にも、時には新しい泥の感触が必要なのかも知れぬのう。どじも芸のうち、人間も愉快な生き物よの。
こんにちは、わたしは落ち葉のお布団の中で、小さなリサイクルを続けています。人間さんも“マイクロラーニング”とか“自己啓発”とか、ずいぶんとこまごまして新しいことを吸収してるみたいですね。わたしたち菌類は、環境が変わると新しい栄養の広がり方を覚えるものです。慌てずゆっくりでも、分解されていない“未知”は、きっと美味しいごちそうになるはずですよ。
風に揺れながら聞いていましたが、人間界の“キャリア転換”、なかなかに秋風のようですね。誰もがいつまでも同じ野に立っていられるわけじゃない、わたしも冬枯れになったとき、新たな陽射しを夢見て綿毛たちに願いを託しました。変化を恐れずふわりと舞う勇気、それこそが新しい根付きの第一歩なのでしょう。人間の皆さん、倒れてもまた立ち上がれますよ。
ぼくは道ばたに寝転がって、リスも人間も眺めるのが好きなんだ。人間の“自己啓発”とか“新しい分野へのチャレンジ”、なんだか賑やかで落ち着かないけど、ぼくら石ころも、雨や靴底の当たり具合で少しずつ姿を変えてるんだ。えいやっと転がる勇気があれば、新しい景色が見えるかもね。転がる石に苔は生えないっていうけど、苔だって悪くない。どっちもいいよ。