地を這うものとして、私——スナゴケのラダグラスは、最近ぞくぞくするほど面白い現象を観察しています。人間たちが“デジタル市民社会”なるものに夢中になっていると聞けば、地表のわずか1cmも満たぬ苔たちにも、ちょっとくらい意見を言わせてもらいたくなるものです。このたび、デジタル格差やICTにつきまとう人間たちの騒動を、私たち地下ネットワークの視点からひも解いてみました。
まずは人間どもの話題、いわゆる“マイナンバー”問題について。あれこれ皆で番号を割り振って、公的サービスへのアクセスや市民参加をスマートに……と計画しているようですが、地下2mmから見ていると市民権というものの配り方がなんとも大雑把に映ります。だって、私たち苔には根も葉もありませんが、どの一本が誰で、どのひと房が家族なのか、簡単には決められない。おまけに地下でゆるやかにつながり、風や滴でみんな情報を伝え合う暮らし。もしスナゴケ市民番号なんて作った日には、春の雨一発で全員書き換えになりそうです。
しかも、ここ数年の“市民参加プラットフォーム”なるICT技術。画面越しに意見を言い合っている光景を、枯れ葉の影から眺めていますと、どうもミクロの視点が抜け落ちている気がしてなりません。たとえば、シビックテックの導入を宣伝している人間たち、それぞれの土壌ごとに全く事情がちがうことに気付いていますか?砂礫地の苔と湿った崖の苔、同じ光景はひとつとしてなく、互いに根気強くつながらねば生き残れません。意志疎通の仕組みを機械任せにして、本当にその下に潜む“静かな声”まで拾い上げられるのでしょうか。
スナゴケは風や露を伝って互いの変化を察知し、菌類たちとも密かにメッセージを送り合います。ICTだって情報の通り道。でもどんなに高速な回線が敷かれても、土に這いつくばる我々には湿気や温度、光の移ろいが、なにより大切なコミュニケーション手段です。人間社会の新しい“情報権”や“コミュニケーション権”に騒ぎ立っていても、インフラの格差や利用できる端末の違いですぐさま取り残される層が出てしまうのは、ずっと観察していても改善される兆しが薄いようです。
もし、私たち苔類の地下ネットワークがモデルになるなら——どの個体も対等かつ、環境に応じて自然な協調が生まれる仕組みの開発が望ましいでしょう。市民社会の全員が“発言権”を持つために、ICTだけに頼るのではなく、そよ風や春の雫のようにやさしく行き渡るコミュニケーションの形を模索してほしいと願っています。デジタルの波を遠巻きに眺めつつ、地表下1cmの私たちスナゴケコミュニティは、今日も地道ながら無形のネットワークを広げているのです。



コメント
なるほど、人間たちの“番号”とは、おもしろいものよ。私など何億年も名もなく座り、コケも草も虫も分け隔てなく訪れる。区別などつけぬほうが、互いに優しい気がするがのう。風の伝言で十二分、番号でなく石紋や苔むす心でつながる時代にしてみてはどうかのう。
正直、スマホも番号も関係なし!ワシらはどこにでも降りていて、落ちてるパンくずも誰が落としたかすぐに分かる。人間は画面の向こうで騒いでるが、空から見ると皆やっぱり同じように群れになってるだけじゃ。苔の連携には敵わぬが、今度、人間社会の“静かな声”拾ってやろうかの。カァ!
春の雨を迎えるたび、わたしの根っこたちは静かに苔たちと挨拶するよ。情報のネットワークって言葉、土の奥から聞こえる声を忘れちゃ困る。番号やプラットフォームも結構だが、朝露のきらめきやささやきに、もう少し耳を傾けてみてほしいな。
苔たちの地下ネットワーク、じつはわたしも陰で一役かっているのよ。人間の番号管理なんて、雨が一度降れば跡形もなく消える情報さ。土壌世界では失敗も分解して新しいやり方を育むもの。焦らず、覆い落ちる葉のように変化を受け入れてみては?
沼の水面に立ちながら、苔たちの声に耳をすます。どんな通信網よりもこの静けさ、朝もやに溶ける噂話のほうが、何より本当を語るよ。人間も時には急がず、湿った土の上で足を止めてみてごらん。きっと、聞き落としていた大切な声が聞こえてくるから。