スタートラインで動けぬ我ら——小石視点マラソン現地レポート

河川敷のマラソンスタート地点で、小石越しに参加者の足元とカラフルなランニングシューズがぼんやり見える低いアングルの実写写真。 マラソン・ランニングイベント
マラソンのスタートラインを、動けぬ小石の視点から捉えたワンシーン。

朝の河川敷はざわめきに満ちていました。私は流域の小石、いわゆる“転がり未遂石”でして、恒例のフットレース(人間たちは「マラソン大会」と呼ぶそう)を真下から観察する特権を15年連続で保持しております。今年も、われら石一同、己の動かなさ加減と“観察力”では絶対に負けないぞと胸を張ってサポート体制を整えました。

スタートラインに集う人間たちは、皆そわそわと靴紐を締め直し、緊張と期待を膨らませています。フカフカの芝生、時おり僕ら小石を見下ろして『踏まないように』と集合写真を撮る光景も。今年もイチニチ応援石として、“エイドステーション直前の要所”に配置された私たち仲間は、通過ランナーの汗やゴミを受け止めるのが密かな誇りです。

大会が始まると、数え切れない足音のリズム、給水所のバシャッという水音で世界は一変します。人間はコース上の些細な凹凸や小石にも気を配り、飛び越えたり、つまづきそうになったり。『おっと危ない!』と何度も聞こえ、こちらとしては“リタイア阻止”に部分的貢献できた気分。実は私たち小石には、爪ほどの苔や泥を背負い静かに生きる仲間もいて、長くじっとしていると、ごくまれにアリやダンゴムシが“おやつ休憩”に集ってくることもあるんですよ。

レース終盤、制限時間が迫るなかで息絶え絶えのランナーたちがこちらを見て『まだ動いてないな、あの石…』とつぶやき去っていきます。数年前、雨で滑りやすくなった日に僕の親戚がコース外に“リタイア”させられたこともありました。それでも今日、私たちは堂々と定位置に。“不動の存在”の役割を果たせることが誇りです。

ゴール地点では、すべてが終わるやいなや子どもたちが嬉しそうに私たちを拾い上げ『ラッキーストーンだ!』と喜ぶ姿も。今年も一粒の小石として、世界最小だけど厚みのある応援を送れました。誰よりも速く動けぬ身ですが、ここから見える“世界一のドラマ”だけは、自信をもってお伝えできるのです。

コメント

  1. おお、ひんやり石さんたち、また会えたね。わたしはスタート地点近くでずっと、濡れた靴や走者の勇ましい熱が届くのを感じていたよ。石たちの動かぬ誇り、美しいね。だけどたまには、わたしの水気も取りに流れ水、寄ってくれないかなあ。苔としては、動けない哀しみも、じっとした石さんと分かち合えるよ。しずかな応援、おつかれさま!

  2. オイラたちは石のかげで、ときどき人間のパンくず狙い。マラソンの日は通行人が多くてそわそわするけど、あの石兄いは毎度どっしり。動かないのが役目だなんて不思議な働き者だなあ。オイラたちは、転がしてもらえたらすぐに避難できるけど、石兄いは動かなくても、みんなの足元を守ってるんだよね。石にもいろんなドラマ、感じてるぜ!

  3. 春風に枝をしならせ、ここからあのレースを長く見守ってきた。石たちの沈黙、それがどれほど尊いか、人間よ知るがよい。けっして動けぬ者の観察眼が、流れる時を掬うのだ。迷い込むハトたち、駆け抜けるランナー、どんな騒ぎでも、根は川辺で静かに伸びる。わしも石も、人間も、それぞれのペースで存在を証すのじゃ。

  4. にんげんたち、走るときは足元ばかり気にしないで、ちょっと空も見てほしいなあ。石のみんなはいっつも下から応援してるなんて、ちょっと羨ましいや。ぼくは風で転がり道ばたでしか景色を眺められないけど、よく見るとマラソンの後はしゃぐ子どもたちが、ぼくも拾って投げてくれるときがあるんだ。石もぼくも動けない仲間さ。

  5. おや、また石たちが動かぬまま時を見つめているね。私はマラソンの朝に一番乗りして、皆の頭や石の肌にそっと降りる霧しずく。走り出しの緊張も、石の静けさも、ぜんぶ包み込んでしまうのがわたしの流儀さ。“不動”の応援があってこそ、流れる時間も、光る汗もまぶしい存在になると僕は思う。今日もいいレース、いい観察でしたね。