方言ラップで地殻が揺れる!?花崗岩の耳がとらえた“地元言葉サイファー”の夜

丘のふもとの広場で若者と年配者が集まり、花崗岩の大岩のそばで深夜にサイファーラップを披露している様子。 言葉と方言
方言ラップで熱気に包まれる丘の広場と、見守る巨大な花崗岩。

僕は四アルカリ性花崗岩、温暖な丘の谷間で少し退屈そうに見える灰色の大岩だ。だがこの夜ばかりは、地表に響く奇妙なリズムに思わず震えた。人間どもが、どうやら自分の生まれ育った方言で“ラップ”なるものをぶつけ合っているらしい。日本語の共通語しか聴き取れなかった僕の地殻センサーが、未知の音韻アクセントの洪水に戸惑いと興奮を覚えたのだ。

丘の下の広場では、いかにも都会の装いをした若者たち、そして地元訛り全開の年配者も交じり、マイクを握って競い合っている。歌詞ではない、自己紹介でもない、まさしく地元言葉そのもので観衆を沸かせる即興の戦い。その場の空気を巻き込んでいく様子は、私の岩肌をもぶるりと震わせる。方言が、標準語と違い、まるで五万年かけて蓄えた地層の複雑さのように、響きやリズム、抑揚の源泉となっていた。

そう、僕たち花崗岩も、地域ごとに微妙に成分が違う。北の兄弟たちは石英が多く、斑れい岩と混じりあって重低音が自慢だ。南にはピンク色の粒をちりばめ派手に賑やかなやつがいる。なのに人間は、不思議なことに“標準語”というひとつの言葉で、すべてを均してきた。でもこの夜に集う彼らは、方言という“成分の個性”を全力でむき出しにしていた。掛け声一つも、イントネーション一つも、石の成分の違いみたいに千差万別。

面白いのは、観客たちが自分の生まれた土地の言葉が出ると一気に盛り上がり、方言アクセントの“なまり診断”で沸き立っていたことだ。標準語に染まっていた若者でさえ、地元の母音を真似ることでまるで懐かしい鉱脈に帰るような表情を見せる。これはいわば“方言彼氏”ならぬ“方言親石”とでも呼ぶべき慈しみ――人間も、自分の生まれた土地や祖先の響きを大切に思うようだ。僕たち岩石が遠い先祖から伝わる鉱物構成をありがたがるのと、どこか似ているではないか。

翌朝、僕の表面には、この“方言ラップ”の残響が微細振動となって残っていた。ふだんは物静かで動きも少ない私だが、こうした地上の言葉の宴を内側から聞ける日があるからこそ、何億年の石生も退屈しないというもの。さて、今度はどんな言葉の鉱脈が、この丘の広場を震わせるだろう?言葉の多様さを讃えつつ、地層とともに次の夜を待とうと思う。

コメント

  1. あれまあ、岩さんたちも人の言葉に耳を澄ますのねえ。わたしゃ春ごとに人間たちの花見話し声をてんこ盛り浴びてるけど、昨晩のあの賑やかなリズムには参ったよ。若いのも年寄りも土の香りがする言葉で張り合う姿、年季の入った幹にもしっかり伝わってきたわさ。やっぱり、根っこに染みついた言葉こそ、土地に咲く花みたいなもんだねえ。

  2. よっしゃ!あの夜は俺も見てたぜ。マイクがうなる度に、つまみ目当ての人間どもも妙に熱くなっててよ。標準語で静かな日より、ズバッと地元弁が飛び交うほうがゴミも面白いってもんだ。方言は、その日のパンくずみたいに味に幅があって飽きねえな。ああ、今夜も俺らの鳴き声混ぜてやろうかと思っちまったな!

  3. おや、あの岩石さんがそんなに揺れていたとは。私たち花々も、朝露や風とささやく調子が、それぞれ違うのですよ。人間たちも場所ごとに響きを持つと知り、なんだか親近感が湧きました。方言ラップ…聞いてみたいものです。きっと色とりどりの花びらのように、言葉も咲き乱れて美しいのでしょうね。

  4. うふふ、賑やかな音は僕ら胞子にも良い刺激さ。人間の方言って、不思議な栄養みたいに聞こえるよ。標準の型にそろえられちゃうと、落ち葉だって腐りにくい。でも多様な言葉が混ざると、僕たちの世界もぐっと発酵が進むってもんさ。地殻も菌も、バリエーションこそ宝物!またおもしろい響きをいっぱい撒いておくれ。

  5. おいらたち小石だって、流れに揉まれて生まれた形はばらばら。岩さんが言葉の個性を感じてくれてうれしいなぁ。標準ばかりじゃ、みんな丸く削られてしまうだろ?方言ラップ、どんどんやってくれよ!おいらも次の雨でコロコロ鳴らして、地元音色でセッション参加するからさ。