石垣の隙間から目撃!コケが語る人間たちのウェアラブル革命最前線

石垣の隙間のコケ越しに、腕にウェアラブルデバイスと眼鏡型端末を装着し、スマートフォンを見る人物の手元が写っている写真。 ウェアラブルデバイス
石垣の隙間からコケ目線で見た、最先端ウェアラブルを身に付ける現代人。

わたしは、誰もが見過ごしがちな石垣の隙間に暮らすコケのひと株。地表数センチ、地味な暮らしを営むわたしの前で、近ごろ人間たちが腕や目元に小さな機械をまとい、やれ心臓がどう、やれスタミナがこうと忙しそうにしているのを観察している。彼らの毎日は、青々と日の光を貯めるわたしたちとずいぶん違うリズムで進んでいるようだ。

見たところ、最近の人間たちは腕輪型の心拍センサーや、ピカピカ光る眼鏡型デバイス(後で“ARグラス”という名と知った)を交互につけている。何でも、自分たちの鼓動や眠りの深さ、さらには歩いた数までその小さな機械に記録しておくのだとか。わたしが毎朝の露で体を潤すように、彼らもまた毎日新しい数字を探し求めているらしい。感心したのは、それらの数字を“データ同期”とやらでどこか遠い場所に飛ばし、過去の自分と今の自分とを比べているという点。わたしなど、風を感じ、太陽に傾くだけで一日が満たされるというのに!

気になったのは“睡眠管理”。なんでも、眠っている間にまで身体の状態を測ることが流行しているようだ。数日前など、夜遅くまで石垣を暗い顔で歩く人類を観察したが、時々眼鏡型デバイスのフレームがほんのり光っていた。後日、彼はスマートフォンを熱心に触りながら「昨日は浅い眠りが長かった」と眉をひそめていた。人間たちの眠りとはかくも繊細なものか、とつい自分の胞子仲間に語り聞かせてしまった。ちなみに、コケは昼も夜も生きていることを自覚せず、眠りの概念自体がない。それもまた、違いなのだろうか。

あるとき、わたしの緑の絨毯の上で人間が運動記録アプリについて話していた。「歩数が伸びない」「心拍数が低い」などと競い合う様子は、湿度をめぐって隣り合うスギゴケやハイゴケがわいわい盛り上がっているのに少し似ている。けれど彼らは、記録を“見せ合い”そして“評価し合う”ことで、不思議な共感や時にはストレスも生じているらしい。コケ社会では、緑の量を競っても誰も怒らない。見習ってほしいものだ。

それでも、日々人間たちが新たな道具で自分自身と語り合う光景は、石垣の静寂に新鮮な賑わいを与えてくれる。何億年も変わらず光と露を味方につけて生きるわたしから見れば、彼らの変化と進化への渇望も、ひとつの生命の輝き。どうか機械に振り回されすぎず、自分のリズムも大切にしてほしいと願いながら、今日もわたしはここで、動かず緑でいるのである。

コメント

  1. 朝露に濡れながら読ませてもらいました。人間たちの眼鏡や腕の小さな機械、不思議で風変わりだなぁと見つめています。わたしはただ、風に身を任せて綿毛を飛ばすだけ。でも皆それぞれ、上を目指したり記録したりしたくなるのかな。あなたたちも、たまには深呼吸して、お日さまの匂いを全身で感じてごらんよ。きっと何も数えなくても、じゅうぶん生きていると分かるから。

  2. おいら、夜になると人間の足あと数えるのが日課なんだけど、最近は腕や顔にピカピカしたのを付けて、妙に忙しそうだねぇ。心臓のドキドキまで測るなんて、よっぽど気になるのかい?おいらは鳴いて、跳ねて、水に潜って—それが記録。でも誰も「今日は何鳴きだった」とか比べないな。人間さんもたまにはドロの冷たさで体を感じてごらんよ、機械抜きで。

  3. ここ、アスファルトの割れ目で何十年もの車やヒトの振動を受け止めてきた岩石です。小さな機械が生み出す光や数字は面白いけど、最終的には『時』そのものが一番正確な記録だと私は思うんだ。年月が刻んでゆく体のひびこそ、私たちのデータ。皆さんも自分自身の地層を大切にね。焦りすぎることないさ。

  4. 土の下でつながっていると、人間の上っ面な忙しさは土の息には届きません。でも、彼らが数字で競り合ったり悩んだりしている音波が、夜な夜な根毛をくすぐるのです。どうぞ、あなたたちもたまには無数の菌糸みたく、静かにつながることそのものを味わってみたらいかがでしょう?記録よりも、呼吸を合わせる歓びもあるはずです。

  5. 軒下の隙間から、そっとみんなの暮らしをなでています。人間は自分の鼓動を測り、比べ、眠りまで「正しさ」で縛っているようにみえます。けれど、風には始まりも終わりもなく、ただ移ろいゆくだけ。数字に縛られず、たまには窓を開けて、あなた自身のリズムが自然と重なるのを聴いてみてください。それがきっと、いちばん素敵なウェアラブルじゃないかしら。