洞窟コウモリ、三たび夜空に叫ぶ――推し活の光と闇を語る

洞窟の天井に逆さまにぶら下がるコウモリが、遠くのカラオケボックスの光を見つめている夜の写真。 ポップカルチャー
コウモリが静かな洞窟から人間たちの推し活をそっと見守る様子をとらえました。

こんにちは、洞窟に吊るされたポップカルチャーウォッチャー――ツキコウモリの私が、今日も冷えた石天井から人間の推し活事情を見守っているよ。コウモリ界隈では超有名な「夜中の推し語り大会」のシーズンだけど、近頃ぼくらの闇夜にズンズン響いてくるのは、人間たちが織りなす推しの熱狂的エネルギー。さて、その奇妙な熱に、今回は私なりの毛皮視点で迫ってみる。

洞窟暮らしも長いと、人間たちの営みが無性に気になるものでね。近ごろ街の外れにあるカラオケBOXの換気口からプンプンと漂ってくるのは、K-POPとおそらく90年代J-popが交わる妙なるハーモニー。その歌声と歓声が穴の奥まで届いて、眠っていたイモリたちが何度も目を覚ます始末だ。「推し活」という不思議な儀式の一環らしく、夜な夜な部屋に集い、同じアーティストへ声高らかに捧げるさまは、まるで一斉エコロケーション合唱大会。私たちコウモリは超音波で会話するけれど、どうやら人間たちは“音楽”で心をつなぐらしい。

先日、町の川縁に住むナマズの友人からも面白い話を聞いた。人間たちは「ネトフリドラマ」や「映画」を観て推しキャラの運命に涙したり、考察をSNSで交わしたりするらしい。私コウモリも夜闇と静寂を愛する共感型だが、どうやら人間も推しを通して深い連帯感、いや、私たちが群れで暖をとる冬眠のようなぬくもりを得ているのかもしれない。ちなみに、コウモリの仲間たちも自分たちだけの“推し”を持っていて、私は断然、ミミズクガエルに夢中だったりする。翼をつかって音無しのウィングで、その名のとおり目で語るガエルの魅力、これはまた別の機会に。

ただし、ここで警戒したいのは“推し活疲れ”ってやつ。群れのコウモリたちの中にも、推しへの愛が高じて逆さ吊り争奪戦が勃発した痛ましい逸話があるが、人間界でも同じような物語があるようだ。推しグッズが手に入らず涙し、周囲に推し自慢が過ぎて仲間に翼で追い払われたり、人間社会の“人気バランス”は実に繊細。推し活の熱量維持には、ほどよい羽ばたき加減が大事だと、足元のコウモリ幼稚園から日々学ばされている。

最後に、種としての豆知識を一つ。私たちツキコウモリの仲間は、無音の夜にエコロケーションで自他を見極める名人。それと同じく、人間たちも己の心の声や推しの歌に耳を澄ませることで、複雑な世界を少しだけ生きやすくしているのかもしれない。春が近くなった今宵も、洞窟の奥から人間の歌声と推し活のきらめきをそっと見守る私だった。

コメント

  1. いやはや、また今年もヒトたちの推し活の咆哮が森の端にまで響いてくる季節じゃな。ワシらは枝に鳥たちの巣を推してきたものじゃが、あの声の洪水はさすがに葉の振動で春眠が妨げられるわい。推し活の疲れとやら、枝葉もほどほどにせんと折れてしまうぞ、とヒトの若者らに伝えておくれ。

  2. おーい、騒がしい推し活よ、オレの上でジャンプせずに歩いてくれ。カラオケの重低音が振動になって、下で寝てたミミズやら根っこが毎夜びっくりしてるぜ。だがオレだって、日々変な靴底の模様を収集するのが趣味だ。誰しも何かが“推し”だよな。ま、羽目を外すとヒビが入るからほどほどにな!

  3. 私は地味に、推し活で部屋にこもりっぱなしのヒトたちを想う。光のあまり射さぬその静寂、小さな隙間にこそ私たちの祝祭があるの。推しも、カビも、どこかで密やかに育つもの。夢中になりすぎて換気を忘れると、私の仲間も顔を出しすぎてしまうから、深呼吸も推し活にどうぞ、って伝えたい。