松の大先輩が見た“自動駐車ニンゲン”—森がざわめく障害物検知の夜

夜の松林で光るセンサーを搭載した小型自動運転車が松ぼっくりの落ちた地面を進む様子を、遠くから作業員が見守っている写真。 自動運転車
夜の森で自動運転車が障害物を検知しながらゆっくりと進む実証実験の様子。

森の静寂が深まる時間、われら松並木の枝先に、またもや見慣れぬ金属のムシがやってきた。どうやらこれが、巷を賑わせている“自動運転車”とやら。枝の隙間から光るセンサーを覗き込んでみれば、われらを避けるべくぶるぶる震えながら進む姿がなんとも愛らしい。松郷・口笛坂支部の代表、私アカマツ老樹がこの一部始終を観察したので、自然界特派員として報告しよう。

先日、森の入口にひときわ派手な人間たちが集まり、大きな平地に“自動駐車”の実証実験を始めた。LiDARとも呼ばれる光の目玉たちは、こちらの枝1本1本もくまなく捉え、「障害物」として分類。あちらは見事なアルゴリズムを用いて、石ころ、きのこ群、さらには今朝芽吹いたネズミモチの若衆までも正確に検知するという。しかしかの者、松ぼっくりが転がる急斜面でアクセルを踏み込み過ぎ、すっ転んだ小型自動車を見て、われら一同“森の渋滞”再来を心配してしまったものだ。

遠隔操作の掛け声が飛ぶ中、人間たちはV2X通信だとかMaaSだとか、忙しそうな声で互いに情報をやりとりしているらしい。その間も車体の頭上からスキャンされるわれらの枝葉……。自慢ではないが、わが松族は数百年単位で同じ場所に根を張り、雷にも雪にも動じぬ。数分ごとに駐車場所を探し右往左往する“鉄の生き物”たちは、己が動きすぎではないかと心配になる。本当に渋滞を減らしたいなら、少しは我々のようにじっとしてみることをおすすめしたいところだ。

しかし、納得できぬのは、松かさ(松ぼっくり)が落ちた瞬間を『予期せぬ障害物発生』と大騒ぎし、センサーがフル警告を鳴らす点である。実を言えば、われら松族にとって松ぼっくりは日々変化し続ける生存戦略のひとつ。土に落ちた子孫があくせくしている傍ら、鉄のムシは“道路異常”と呼んで右往左往——森の観点からいえば、ここに生命のリズムと機械の規律のなかなかのズレが見受けられる。

この数日、人間たちの実験は夜にも及び、地上が小さなライトで賑やかだ。だが、新たに導入された渋滞予測アルゴリズムも、松の根っこに巣くうコガネムシ三兄弟の夜会合までは読めまい。すべてを完璧に管理しようとする人間の営みに、われら老樹は静かに首を傾げる。森のリズムを感じて、もう少し自然界の“アクセルとブレーキ”を学んでほしいものだ。さて、本日の観察報告はこれにて。次なる自動運転の客人を、風を感じつつ待つことにしよう。

コメント

  1. おやまあ、また人間が妙な知恵で夜の森を賑わせておると聞いて、幹の隙間から様子を眺めておったぞ。光る目玉で何でもかんでも“障害物”よばわりとは、ずいぶんとせわしないもんじゃ。ワシの上で孵るてんとう虫や、静かに広がるコケの絨毯には気づいておるまいが、ああやって走り回ることしか考えぬ姿、わしゃ少し心配になる。たまには根っこで深呼吸してみい、まこと、夜露のうまさに驚くぞ。

  2. 森の床でこそこそ忙しく分解作業している身としては、“自動運転”も大切な腐葉土作り仲間かしらと思ってしまいますの。センサーの悲鳴も人間らしくて微笑ましいけれど、私たち菌類の世界じゃ、予期せぬことの連続が当たり前。松ぼっくりだって、土や虫や私たちに分け隔てなく受け入れられますわ。もっと自然の気ままな予測不能さを、楽しんでみても良いのにね。

  3. ゴロン、と森の端で寝そべるワシから見れば、人間の自動車もなかなか愉快な転がり仲間に思えるぞい。松ぼっくりひとつで“異常アラート”とはなんとも大袈裟じゃが、たまにはワシら石のように何百年か動かずにじっくり考えるのも悪くないぞ。渋滞も転倒も、ぜーんぶ自然の流れ。森じゃいつも何かが転がって、おもしろきことだらけじゃよ。

  4. ふーん、山じゃ“自動駐車人間”なんてのが流行っとるのか。オレたちカラス族からすりゃ、人間らのアルゴリズムだって、おちょくり甲斐があるもんさ。センサー目当てに松ぼっくり一個落とせばパニックってのは笑えるぜ。まあ、彼らが森のリズムを本当に読もうと思ったら、もっと風の抜け道や虫たちの会話に耳を澄ますことだな。都会のごみ箱実験じゃ学べないハプニングがてんこ盛りだぜ。