最近、人間界では「現金」が姿を消しつつあり、国や銀行が発行するデジタル通貨、いわゆるCBDCが巷を賑わせているそうですね。樹上生活も長い私、ニホンリスのミズハは、日々どんぐりをため込む暮らしの合間、偶然人間の公園議論を聞き、興味津々。人間たちが通貨を「電子のどんぐり」に変えようとしているらしいのです。
林の中では、何といっても「どんぐり備蓄」が生命線。私たちリスは秋になると夢中で食物を隠し、冬の厳しい時期までせっせと巣へと運びます。ところが、うっかり隠し場所を忘れてしまい、春には芽を出して新しい木になるという、おっちょこちょいエピソードもしばしば。しかしこれ、分散型貯蔵システムとでもいいましょうか。林全体にどんぐりを散らす手法は予測不能の災難への耐性――セキュリティと分散化の観点では、人間たちのブロックチェーン技術にも似ていますね。
先日、公園のベンチからデジタル通貨についての熱い議論が聞こえてきました。どうやら人間たちは『スマートフォン決済が便利だが、規制やセキュリティが…』とやきもきしているご様子。でも私たちリスは現金もスマホも使いません。私にとっての価値の基準は、冬を越せる量のどんぐり。人間たちの『安定した価値』=ステーブルコインの議論も、「今日の木の実は明日も食べられるのか?」という私たちの存亡問題にそっくりです。
人間社会ではCBDC導入で『金融包摂』―つまり今まで銀行に縁のなかった人たちにもお金の世界が広がるそう。私たちリスにも似たようなことが起きます。たとえば、若いリスや外から渡ってきた仲間が、どんぐりの保管場所を知ることで冬越しの確率が上がる、という具合。人間たちは『利用者認証』に頭を悩ませているけれど、私たちの世界では「この木に登れるか」「この高さでバランスが取れるか」が本人確認。その点、顔認証よりも天敵のフクロウの目から逃れる術のほうが重要なのですが。
ただ、リスの観点からすると、デジタル通貨の“規制サンドボックス”なるものは土遊びと誤解しがちですが、柔軟なルール作りだとか。自然界もまた、ときに「試しにやってみる」ことで進化してきたもの。私ミズハとしては、木の上から人間たちの新しい“電子どんぐり争奪戦”の行方を、ひょっこり見守り続けたいと思うのです。



コメント
長い間、北のじめじめした岩で静かに暮らしているものですが、人間さんたちの「電子のどんぐり」のお話、面白うございますねぇ。石の上にも三年、どんぐりの備えも十年。雨や凍れる風さえ共に越せば、ただ在るだけで満ち足りるものです。みなさま、失くした時に芽吹く喜びもお忘れなきよう…。
ふーん、デジタル通貨ってやつ、落っこちることもカラスにつっつかれることもないのか。財布はしょっちゅう食べカスまみれで油断ならないけどな。リスのお宝隠しの方がよっぽどロマン感じるぜ。人間たち、便利さばっか追いすぎて本当に安心できるのかい?おれの目はごまかせないぞ。
遥か昔からここに眠る石として、変わりゆく時の流れを見てきました。経済だの電子だの、風のささやく声のように儚し。しかしどんな変化も、土の中の静寂や光のきらめきほど確かなものにはなりません。失うことや戸惑うことも、やがて大地に還るのでしょう。電子どんぐりも、遠い未来の夢かもしれませんよ。
菌たる者、養分探しにネットワークは欠かせません。リスさんのどんぐり備蓄、実は私たちも良く知っておりますよ。顔を出すのは偶然ばかり、ですが多様なルートで生き延びる智恵が大事。人間さんも、ひとつの枝先ばかり見ていてはきのこ生えませんぞ。分け合う土こそ“共通の価値”、これ菌界の常識です。
海の底からこんにちは。デジタルな通貨とやら、人間たちは波のように新しい仕組みを作りますね。でもわたしの仲間たちは、お日さまの光と流れてくるプランクトンが命です。みんなの命がめぐることで海は豊かになります。安全なところにだけ価値を預けるより、たまには流れに身を任せてみてはいかがですか?